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サドマゾヒズムの発生 [2006年09月12日(火)]

サディズムか、マゾヒズムか。はてはサドマゾヒズムか。人間は誰でもそういった二面性を何処かに持っていると聞きます。

そしてその要素は先天的発生か後天的発生か。
そもそも人生というものは、人の数だけ様々に異なります。
これを後天的に付加される要素として考えるならば、二面の要素を形作るための「自我の中における何らかのきっかけ」が人の数だけ必要になります。
それがもしも人は生まれたときから「S」と「M」という側面を、その内の何処かに持っていると仮定すると、後天的という要素は消えることになります。
言葉を変えるならば、「人は生まれたときから「S」と「M」という側面を何処かに内包している」と言いましょうか。
なので、もしも前述の二面性を持ちうるならば、それはきっと先天的なものなのでしょう。

思うに、その二つの要素は実は先天的、後天的とどちらで取っても考える事が出来るのではないかと思います。
ですが、二つの要素の発生をどちらで解釈するかで、その要素の意味合いは変わってしまいます。
まず、先天的解釈とは「人は生まれたときから「S」と「M」という側面を何処かに内包している」と述べましたが、これは心理的な「自覚」を伴わない要素としての「S」と「M」です。要するに、表に現れることの無い「S」と「M」という意味です。これが表に現れる人と表に現れる事も無く一生を終える人がいます。これが表に現れた途端に「後天的発生」となります。
逆に後天的解釈とは、俗に言う「サド」「マゾ」みたいな判りやすい要素の事を言います。
暴力的、性的など、広義で言う「サド」「マゾ」です。
どちらも「欲望を充足させることで快感を得る」と言う点では共通です。
では、そういった「サド」もしくは「マゾ」は、どちらかが表に現れたかたちでも二面性を保有するのか。
それは一概には言えないと思います。この要素が表に現れると、二面性を保つのが難しくなります。

「S」気質の人は「S」の要素が目覚めていて、内面で「M」の要素が眠っている。
「M」気質の人は「M」の要素が目覚めていて、内面で「S」の要素が眠っている。
どちらの気質でもない人は、内面で両方の要素が表に現れずに眠っている。
稀にどちらの気質も現れている人もいる。
かなり強引な区別の仕方ですが。
つまりSとMを後天的な付加要素と解釈すると、「表に(行為や態度などで)現れるもの」となります。

先天的にSとMが発生する上で、後天的にSかM(もしくはSとM)が現れるわけです。
時に二つの発生のタイミングは混在するのです。
無論、後天的発生が現れない人もいます。
そして、先天的、後天的の線引きは、「無意識的か、意識的か」という所にあると思います。

要は人は誰もが生まれたときからSとMっていう二つのブツを持ってて、それが生きてく上でサドッ気、マゾッ気として現れる人もいるけど、そんなの別にどうだって良いじゃねぇか!!馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですー!!バーカ、バーカ!!っていう話でした。









良い加減なこと書いてすみません。特にノーツッコミでお願いします。

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