愛車 FZ1とDYNA LOW RIDERで過ごす週末を
おやじが綴る日記です


過ぎ去って行く季節に
打ち寄せる月日に
そして
愛すべき
戦士と 僧侶と 画家たちに
この物語を捧げます



















おもしろき こともなき世を おもしろく
すみなすものは 心なりけり

 
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下栗の里ツーリング 2011年10月25日(火)
フォーシーズン・ツーリング倶楽部への業務連絡。10月29日にシロブサさんと下栗の里に遊びに行きます。参加希望の方が居られたら連絡を下さい。




集合  : 東名高速道路 海老名SA 7:00 (限りなく出発時間です。)

ルート : 東名高速道路 海老名SA - 215Km(途中休憩有り) - 浜松IC - 県道433号線 -飛龍大橋 - 国道362号線 - 秋葉神社 - 天竜スーパー林道 または県道389号線 - 水窪 - 国道152号線 秋葉街道 - 草木トンネル - 兵越林道 - 兵越峠 - 遠山郷で昼食 - 国道152号線 - 地方道 - 下栗の里 - しらびそ峠 - 地方道 - 国道152号線 - 蛇洞林道 - 地蔵峠 - 大鹿村 塩の里で休憩 - 国道152号線 - 美和湖 - 高遠商家群 - 国道152号線 - 杖突峠 - 中央自動車道 諏訪IC - 東京まで170Km

昼食 : 遠山郷の「星野屋」でジビエ料理(猪・鹿肉)





地蔵峠 2011年10月12日(水)
先週末に、関東近辺の”三国峠”と”山伏峠”について書いた後、同じ名前の峠を思い出すのが癖になり出して、地図をチラチラ見ている。このマニアックな性格は今更直らないだろう。

やってはいけないことは分かっている。関東近辺で”富士見峠”なんて挙げ出したら時間が幾らあっても足りない。

感覚的にそこそこの数があるだろうなと思って、今回地図から拾ってみたのは”地蔵峠”だ。


1. 長野県 開田高原近くの地蔵峠
今年の夏に木曾御嶽を見に行った時に、国道361号線 木曾街道の南に峠道があった。これが地蔵峠だった。

路傍にお地蔵さんがある。とても分かり易い。分かり難いのは、この峠道は明らかに国道361号線 木曾街道が出来る前の旧木曾街道のはずなのに、標識には”旧飛騨街道”と書いてあるところだ。遥か北にある飛騨街道(野麦街道)とどういう関係なんだろう。




2. 静岡県 国道473号線の地蔵峠
金谷から大井川沿いに大井川鉄道が走っているが、国道473号線もまたこの川筋伝いに北に伸びている。地蔵峠は大井川鉄道の「かみお」駅辺りにあるらしいけれど、C56と追いかけっこをしていたので、まったく気が付かなかった。


3. 長野県 国道152号線(秋葉街道)の地蔵峠
この峠はよく覚えている。去年の5月にスポスタで浜松から諏訪に抜けた時に通った。九十九折が続いたな。でも、地蔵峠の部分だけが険しかったというより、国道152号線全体が峠道みたいなもんだったという記憶がある。




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紅葉ツーリング - 追記有り 2011年10月11日(火)
フォー・シーズンツーリング倶楽部への業務連絡。10月吉日(別途連絡の通り)ツーリングコースを連絡します。


集合  : 関越自動車道 高坂SA 7:00 (限りなく出発時間です。)

ルート : 関越自動車道 高坂SA - 140Km弱(途中休憩有り) - 塩沢石打IC - 国道353号線 -山崎 - 国道117号線 飯山方面へ - 百合居 - 県道502号線(白樺と青空の稜線上を往く快走路) - 志賀高原 丸池 - 国道292号線 - 渋峠 - 国道292号線 - 草津 - 主要道55号線(日本ロマンチック街道) - 国道353号線 - 中之条町 - 主要道53号線 - たくみの里 - 国道17号線 - 関越自動車道 月夜野IC


昼食 : おいおい楽しみながらいい場所を探します。ご提案大歓迎。

今のところ横手山ヒュッテの「雲の上のレストラン」を予定しています。




追伸
県道502号線は本当は北東方面の眺めの方が良いようですが、帰路のICが東京方面に近い方が良いので反時計回りに走る為、県道502号線は南下することにしました。いわゆる「奥志賀スーパー林道」です。


日が暮れるのが早くなって来ています。必要に応じ猿ヶ京近辺はパスして、ロマンチック街道をそのまま東進して、沼田ICから帰路につく場合もあります。

参加予定者は本日現在10名、不死身のK監督も復帰参加です。


関東近辺の”三国峠”と”山伏峠” 2011年10月08日(土)
えっ、ここも”三国峠”って言うんだ。えっ、ここも”山伏峠”って言うんだと呟いたことが何度かある。

”三国峠”の命名は三つの国の国境(くにざかい)にある峠から来ているだろうからどこにあっても不思議ではないし、山伏はひたすら山中を歩き修行する修験道の行者のことだから、そんな行者が通りそうな峠は”山伏峠”と命名されたのだろう。

他の土地柄ならではのユニークな名前の峠に比べれば、当然あちらこちらにあってもおかしくはない。

僕の知っている限り、関東近辺に”三国峠”は四ヶ所ある。一番有名な”三国峠”はもっと北の水上から湯沢に抜ける国道17号線にあるが、これは関東近辺とは言えない。

1. 埼玉県秩父市中津川と長野県南佐久郡川上村の間にある峠 
標高 1740m、この三国峠が長野県と埼玉県を直接結ぶ唯一の車道でだそうだ。同時に信濃川水系の川(日本海側河川)と荒川水系の川(太平洋側河川)を分ける分水嶺の峠だ。すぐ北にある三国山 1818mが、信濃国・上野国・武蔵国 三国の境界点になる。何時かオフ車で通ってみたい。

2. 南の陣馬山から北西の山頭山まで続く笹尾根の上にある峠
標高 960m、読み方は「みくにとうげ」ではなく「さんごくとうげ」。車やバイクは通れない。その名の通り、甲斐国)・武蔵国・相模国の境界点になる。桜の名所だそうだ。

3. 国道246号線から山中湖に抜ける県道147号線の途中にある峠
標高 1170m、山中湖と富士山を一望出来る展望台がある。

4. 芦ノ湖スカイラインにある峠
ここも標高 1170m、西側の富士山を見る絶景ポイントだが、芦ノ湖側は見えない。





”山伏峠”の方も関東近辺に4つ程存在する。

1. 秩父の横瀬町から名栗に抜ける主要道53号線にある峠
標高 610m、いわゆる秩父-青梅間の抜け道だ。僕らもよく利用する。 軽いオフ車の時などはヘアピンの連続がとても楽しい。

2. 国道413号線(道志みち)にある峠
標高 1,100m、道志から山中湖に抜ける時に最後に越える峠なんだけれど、標高の割に普段走っている時に峠を意識することはない。冬は路面凍結注意だ。

3. 井川雨畑林道にある峠
標高 2000m、井川湖の少し北、雨畑ダムの15Km程南にある。近くまでは銀次郎で出掛けているんだけれどこの峠自体を越えるのはオフ車じゃないと嫌だな。

4. 伊豆スカイラインの山伏峠標高 510m、説明不要の峠だ。





緑色の矢印で示したところが”三国峠”、黄色の矢印で示したところが”山伏峠”だ。


追伸

群馬と新潟の県境にあるある”三国峠”を、”関東近辺”の”三国峠”から外すのはおかしいとある方からお叱りがあった。群馬県は関東地方だが、静岡県は中部地方だろう、井川雨畑林道の”山伏峠”を”関東近辺”の”山伏峠”に加えるなら、この”三国峠”も加えるべきとのご指摘であった。 仰せの通りではある。


安曇野 2011年05月18日(水)
「今度はどこに行く?」 と子供みたいに訊いて来るのがジージーさんだ。

たまに具体的な地名が出る時もある。

「名古屋に行かない?」
名古屋で何するの? と突っ込むが答えはない。

「今度、能登に行かない?」 とか 「会津の大内宿に行かない?」 と具体的に提案して来るのがシロブサさんだ。

二人の個性は違う。

「能登にも会津にも何回も行ったから興が乗らない。」 と返事をする。
「あなた、行ったことのない場所がないじゃないの。」 と、シロブサさんは急に不機嫌になる。

まあ。この辺の会話の呼吸は子供も大人も変わりはしない。

別に同じ場所に何度行っても、その季節時々の楽しみがあるのだけれど、やっぱり今までに行ったことのない場所に行ってみたい。


実は”安曇野”という地名が僕の頭の中でぐるぐる回っている。今、一番行ってみたい場所だ。でも、二人には言わない。かみさんをLOW RIDERに乗せて行こうと思っている。

「じゃあ、僕らも一緒に。」 というのは予想されるジージーさんのノリだが、”水入らず”という言葉がある。(安曇野なのに”水入らず”なんて。一本取った。  )

ツーリング先の”欠落点”と言うか”欠落地”と言うか、散々ある場所の回りは訪れているのに、そこだけ行ったことのない場所というのが存在する。信州で言うと僕の場合は安曇野だ。通過だけはしたことがある場所なのだが、”安曇野”という地名への僕の憧れを考えれば、滞在時間はゼロに等しいだろう。

パラグライダー乗りだった頃、白馬には毎週末通った。

「この時間になると決まって風が日本海から安曇野に抜けて行くんだ。」
うさぎ平からのテイクオフ前の風待ちの間に、パラグライダー学校の校長が言った。彼の言葉の中に、僕の”安曇野”への憧れの原点があるかも知れない。

仲間達との泊まり掛けのツーリングで、赤男爵のカイザーベルグ 穂高に宿泊し、翌朝に穂高から白馬に北上した後、東に向かい戸隠高原で蕎麦を食べ草津から飯山方面に抜けたことがある。あの時は穂高に夜に到着して回りの景色がよく見れなかったし、翌朝は白馬に向かって突っ走り、安曇野の中を殆ど走らなかった。



2008年 夏 カイザーベルグ 穂高


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四万十川 A 2011年04月16日(土)
社会科の教科書的説明だと、四万十川はこんな風だ。

四万十川(しまんとがわ)は、高知県の西部を流れる渡川水系の本川で、一級河川。全長196キロメートル、流域面積2270キロ平方メートル。四国内で最長の川で、流域面積も吉野川に次ぎ第2位となっている。本流に大規模なダムが建設されていないことから「日本最後の清流」、また柿田川・長良川とともに「日本三大清流の一つ」と呼ばれる。名水百選、日本の秘境100選にも選ばれている。

高知県高岡郡津野町の不入山(いらずやま)を源流とし、高知県中西部を逆S字を描くように蛇行しながら多くの支流を集め、四万十市で太平洋に注ぎこむ。河口附近では「渡川」という名前であるため、水系名は「渡川水系」となっている。

四万十川には支流も含めて47の沈下橋があり、高知県では生活文化遺産として保存する方針を1993年に決定している。


合流する支流は、河口から順に中筋川・後川(岩田川)・手洗川・勝間川黒尊川目黒川・藤の川・広見川・江川・長沢川(白井川)・久保川・野々川・北の川と辿って行けるのだが、河口から92Km地点の熊野神社の辺りで、どちらが本流でどちらが支流か分からない位、大きな二つの流れに分かれる。一応左岸側が四万十川の本流で、そこに右岸から柚原川が合流する。

本流に注ぐ支流を更に辿ると、葛籠川・相去川・家地川・井細川・神の川・払川・仁井田川・東又川・小野川・松葉川・竹原川・島ノ川・下ル川がある。後は本流の源流となる。

絵地図で、河口から順に四万十川に架かる橋を辿ってみた。支流の橋は数えていない。太字にした橋が沈下橋だ。

四万十大橋・渡川大橋・土佐くろしお鉄道鉄橋・四万十川橋・佐田沈下橋三里沈下橋・川登大橋・高瀬沈下橋勝間沈下橋・口屋内大橋・口屋内沈下橋・茅生大橋・岩間沈下橋・津大橋・西土佐大橋・長生沈下橋・半家大橋・中半家沈下橋半家沈下橋・広井大橋・十川大橋・小野大橋・昭和大橋・予土線鉄橋・三島沈下橋茅吹手沈下橋・予土線鉄橋・里川沈下橋・里川大橋・鉄橋・鉄橋・轟崎橋・鉄橋・名称不明の橋・向山沈下橋・名称不明の橋二つ・上宮沈下橋・名称不明の橋・弘瀬沈下橋・名称不明の橋三つ・岩井沈下橋・名称不明の橋三つ・志和分大橋・羽子板橋・市生原沈下橋・源流大橋・一斗俵沈下橋・栗の木大橋・名称不明の橋・野老野橋・名称不明の橋三つ・長野沈下橋・名称不明の橋・奈路橋・名称不明の橋三つ・高樋沈下橋

漏れがあるかも知れないが、四万十川本流に架かる沈下橋は20ある。




さてさて、とてもミクロな地図遊びになってしまったが、別の地図を拡げて四万十川の流れを青ペンでなぞって見た。


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四万十川 2011年04月16日(土)
本棚を整理していたら、10年以上も前に購入した四万十川の絵地図があった。

子供達が小さな頃、いつか四国の四万十川に遊びに行こうね、キャンプをしたり川遊びをしようねと言って買った絵地図だったが、子供達は僕の想定外の速度で大きくなり、クラブ活動や友達との遊びで忙しくなり、結局使われず仕舞いになってしまった。

父は我儘ではあるが、家族サービスは十分して来たと思っている。

四万十川に連れて行けなかったのは、毎年春が来ると行こうね、行こうねと憧れるが、夏が来ると、四国は暑そうだねと、行先を北海道や山形に変更してしまったからだ。

関東近辺でキャンプ遊びを始めた頃は、父も母も不慣れでテントの設営にもイライラしたもんだが、山形や北海道に遠出する頃には、ロープワークもキャンプ料理も手慣れたものになっていた。たくさん遊んで、たくさん食べて、テントの中でぐっすり眠った君達の寝顔は父は忘れない。

キャンプじゃなくて普通の家族旅行なら、沖縄、グァム、サイパン、バリ、タイ(う〜ん、振り返って見ると南ばっかりだ。なんで四万十川に連れて行かなかったんだろう。)に行ったね。父が想い出になる頃、父の広い背中とともに一緒に行った場所の景色を想い出してくれたら嬉しい。働いて余力が出来た時、再訪してくれたら楽しい。

父は父で残りの人生を愉しむつもりだ。(まあ、結局これが言いたかった。

四万十川の絵地図をさっきから弄んでいる。使わない手はないよな。




有明埠頭から夕方フェリーに乗れば、翌日の午後2時過ぎには徳島か............................


今年走りたい道 2011年01月01日(土)
年賀状は書かないことにしているのだが、頂いてしまった方には出すことにしている。年賀状を虚礼とは思わないが、お互いに膨大な時間を費やすので、普段会える相手とは年賀状の交換は止めた方がいいと思う。 一方で遠く離れて連絡が途絶えている相手からの年賀状を貰うのは嬉しい。

逆のことの方が多いけれどね。

頂いた方の顔を思い浮かべながら、一枚一枚に思ったことを書いていたので怖ろしく時間が掛かってしまった。

年賀状書きも終わったので、酒を持ち出してブログを書くことにした。今夜は”スピリタス”のミニッツメイド割り。炭酸は使わない。

さてさて、タイトルの”今年走りたい道”なんだけれど、遠距離ツーリングで言えば、そりゃ北海道一周とか、九州のやまなみハイウェイとか、しまなみハイウェイ走行後に四国一周だとか、青森までの弾丸ツーリングとか想いは幾らでもあるんだけれど、仕事との兼ね合いがあるから、一つでも実現出来ればよしとして、今夜は近場で今まで走り残した道で今年走ってみたい道の話でもしようと思う。



ツーリングマップルにメモした走行した道を、50万分の1の地図に転記していたら、あれっ、ここら辺って全然走ったことがないという場所が浮き彫りになった。

別に仕事じゃないんで、隈なく網羅して走る必要はないんだけれど、どんな風景が見えるのかという憧れはある。


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鎌倉街道 上道 2010年03月07日(日)
今日も雨だね。春以降のツーリングのプランでも作るかなと思う。

京都の人は、春に桜の花見に出掛けないと”春の義理を欠く”と云うらしいけれど、時間が許せばスポスタに荷物を積んでのんびりと、桜前線とともに日本列島を北上したいな。角館、弘前、北上と廻ったら、北上の一万本、2Kmの桜のトンネルの中で、もう死んでもいいかなって思うかも知れない。

宮仕えの身なれば叶わぬ夢だけれど、もう死んでもいいと思うなら実行すべきかな。近場の関東、関八州も捨てたもんじゃない。坂東八ヶ国にも桜の名所は限りなくあると思い返す。

昨夜テレビを観ていたら、鎌倉街道の特集番組をやっていた。[鎌倉街道夢紀行」というタイトルの番組で、ピアニストの村松健さんがナビゲーターをしていた。2001年に放送された番組の再放送だったようだ。

番組の途中から僕は画面の中に入り込み、ほとんど鎌倉街道 上道(かみつみち)を一緒に歩いていた。しかし、まあ、鎌倉街道ってそういう街道だったんだ。僕は何も知らなかったと思った。

関東地方の地道をバイクで走っていると、鎌倉街道、或いは旧鎌倉街道っていう標識に時々出くわしてはいた。それは鎌倉近くであったり、東京都の世田谷であったり、府中であったり、高崎市内だったり、千葉の木更津だったりした。鎌倉時代に出来た鎌倉から放射線状に拡がる幾つかの往時の軍用・産業用道路で、今は廃道となり分断され、所々残った部分が、主要幹線道路の抜け道や地元の生活道路として使われているという程度の認識だった。

鎌倉時代に整備され、その後室町時代、戦国時代の400年間程使われたが、徳川幕府によって関東の五街道が整備されると廃れて往った街道。鎌倉自体が歴史の中で重要性を失くして往った中で自然消滅して往ったライフラインだと思っていた。まあ、400年間という時間は下天ではなく人間の身である僕にとっては十二分に永い時間だけれど。

でも、鎌倉街道の道筋に存在するものを見ると、鎌倉街道と云うのは単に鎌倉時代に出来た街道ではなくて、古代日本からの街道群を集大成して整備された道だったんだね。鎌倉街道は、三本の主要街道「上道(かみつみち)」 [下道(しもつみち)」「中道(なかつみち)]よりなっていて、それぞれ相模国、武蔵国を北上して上野国に向かう道、武蔵国、下総国を横切って常陸国に向かう道、その間を通り下野国から白河の関に至る道だったらしい。「上道」は途中で枝分かれして、秩父に向かう道もあったらしい。

時間を見つけて、KLXで古道の跡を辿ってみたいな。「上道」「下道」「中道」、どれから始めようかな。生活道路になってしまったところはバイクも通行禁止だろうか。まず、上道、新田義貞が進撃したルートを逆に辿ろうかな。


資料を調べながら、上道(かみつみち)を赤線、中道(なかつみち)を緑線、下道(しもつみち)を青線で辿ってみた。下道がよく分からん。


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集結用のバイク 2009年08月26日(水)
集結の日まで数日となった今になって、FZ1で行こうか、スポスタで行こうか迷い始めている

FZ1の距離計は今11,854km。旅程中に12,345km、ストレートフラッシュ達成という楽しみもあるし、IN-LINE FOURエンジンの振動のなさも長距離ツーリングには魅力。

でも、終結後の長旅を考えると、荷物がたくさん積めるスポスタも捨てがたい。TWINエンジンでトコトコ、トコトコ、日が暮れるまでトコトコもいいな。終結後のソロツーリング、”鯖街道”の風景に溶け込んじゃいそうだし。(勝手な想像。まだ走ったことない。

出発直前まで迷ってみます。

あっ、集結で名札を手配して下さっているようだけれど、遠くからでも分かるように着て行くジャケットは決めて置きます。スポスタかFZ1にこのジャケットを着たおやじが跨っていたら僕だと思って声を掛けてやって下さい。