愛車 FZ1とDYNA LOW RIDERで過ごす週末を
おやじが綴る日記です


過ぎ去って行く季節に
打ち寄せる月日に
そして
愛すべき
戦士と 僧侶と 画家たちに
この物語を捧げます



















おもしろき こともなき世を おもしろく
すみなすものは 心なりけり

 
« YAMAHA FZ1 | Main | 番外編 »
2012年05月
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリアーカイブ
最新記事
リンク集
友人新着記事

ネットワーク

プロフィール


最新コメント
リターンライダー
群馬県主要道15号線 (05/21)
まさくん
群馬県主要道15号線 (05/21)
リターンライダー
今ここ - 追記あり (05/21)
まさくん
今ここ - 追記あり (05/20)
リターンライダー
長旅の後 (05/20)
義太夫
長旅の後 (05/19)
リターンライダー
安房グリーンライン (05/16)
ヤマハ乗りのスズキ
安房グリーンライン (05/14)
シロブサ
安房グリーンライン (05/14)
月別アーカイブ
アバター
ブログパーツ


Goo-net Blog
GooWORLD Blog
GooBike Blog
PRISONER 2012年05月18日(金)
この歳になれば、仕事も遊びもある意味同じというか、誰かが一所懸命に絡んでくれたら楽しいという面はあるのだけれど.............

仕事帰りに桂川の渡月橋の前をタクシーで通った。少しだけ停車して貰った。本当はゆっくり散歩をしたい。慌ただしいとは言え、こんな素晴らしい場所を素通りするのは恥ずかしいことだ。彼は誰時、橋の向こうに灯りがともり出す。向こう側に僕の人生を変えることがあるかも知れない。

俺はここから出られない。人は皆プリズナー?




神田川 2012年04月28日(土)
一日、二日がお休みの方は、今日からぶち抜きの大型連休ですね。

僕は一日、二日は仕事がある。後半の四連休にはツーリングに出るけれど、前半の三連休はのんびり都内で過ごすつもりだ。今日は天気がとても良いけれど、家でのんびりしている。先週はお休みがなかったので、木曜日にはバテ気味だった。

連休前の金曜日ということもあって、取引先との会議のあと皆で会食をした。出先から出先への移動だったので、時間調整も出来ずに早目に待ち合わせ場所に着いた。待ち合わせ場所は柳橋、ちょっと響きの良い地名だ。昔は花街だったらしい。柳橋芸者は遊女や女郎と違い、唄や踊りで身を立てることを誇りにしたとか。 約束の時間まで15分程あったので、小雨が降っていたけれど辺りを散歩した。




地名の由来になっている”柳橋”が神田川に架かっている。まあ、現在の橋は1929年に掛けられた、名前に似合わぬ無粋な鋼鉄橋なんだけれど、一応、神田川が隅田川に流入する河口に位置する第一橋梁ではある。河口とか川の合流点ってなんとなく好きだ。



橋もこんな風で、街並みにもお江戸や明治の面影等は残っていないのだけれど、橋の脇に”小松屋”さんという佃煮の老舗がある。


続きを読む…
アウトバーン 2012年04月26日(木)
I君とドレスデン空港に到着して、レンタカーを借り客先へと向かった。アウトバーン4号線には一部の区間を除き制限速度はない。






アウトバーンの両脇には長閑な田園風景が広がり、仕事とは言え暫しの快適な高速ドライブを楽しめる...........................はずだった。

ーあれ、また抜かれた。
ーあっ、また。
ーなんでオペルにまで抜かれるの?


続きを読む…
アンパンマン列車に乗って瀬戸大橋を渡る 2012年01月17日(火)
大阪から新幹線に乗って岡山に移動した。移動中も座席でメールを見たり、デッキに出て携帯電話で話したりしている。

香川県 丸亀には、岡山から瀬戸大橋線で移動する。岡山駅で駅弁を買って8番線ホームへと急いだ。特急「しおかぜ」がまもなく出る。

ホームで目が点になった。



アンパンマンのキャラクターで埋め尽くされた車両だ。


大阪から丸亀への移動は、このルートがもっとも効率的だよなと言いながら、実は密かに楽しみにしていた事があった。列車で瀬戸大橋を渡ることが出来るのだ。一昨年、初めて瀬戸大橋を本州側の鷲羽山から見てから、結構この橋に思い入れが出来た。

岡山駅を出てから本州側の最後の駅である児島駅までは、メールを見たり仕事の書類に目を通していたが、児島駅を過ぎてからは、お弁当を拡げて寛ぐ準備をした。


続きを読む…
おじさんなりのはしゃぎ方 2012年01月08日(日)
野暮用で近く盛岡に行くことになりそうだ。

「はやて」と「やまびこ」には乗ったことがあるが、「はやぶさ」にはまだ乗ったことがない。
早く乗りたい。



これはSUZUKIの「隼」 2011年モデル、最高速度 300Km/h + アルファ



これは「隼」のミニチュア



これは一式戦闘機「隼」、最高速度 495Km/h



これは小惑星探査機「はやぶさ」、移動速度10万Km/h以上 のミニチュア



これは猛禽類の「隼」、急降下時の最高速度は300Km/h



で、これがE5系 「はやぶさ」、宇都宮 - 盛岡間最高速度 300Km/h


尾崎 放哉と種田山頭火によせて 2012年01月08日(日)
僕は繊細ではないが繊細さは持ち合せている。SENSITIVEではないが名詞に閉じ込めたSENSITIVITYは持ち合せている。要は自分の感性ぐらいは理性でコントロール出来ている。と、思う。 たぶん。

フィリップ・マーロウの”男は強くなければ生きていけない。しかし、優しくなければ生きていく資格がない。”が僕の座右の銘であり、いたずらに自分の感性や感情を振り回したりはしない。

歩かない日は淋しい
飲まない日は淋しい
つくらない日は淋しい


というのは昭和初期という時代に、行乞の俳人として生きた種田山頭火の言葉だ。これを自分の暮しに置き換えると、

(バイクで)走らない終末は淋しい
(酒を)飲まない夜は淋しい
(仕事以外の本を)読まない日は淋しい


というノリになるのだろうが、暮らしを守る為なら数ヵ月のお預けには耐えられる。

まあ、僕は山頭火ほど業(欲)が深くないのか、回りにいる皆に守られて規律ある生活を営んでいるのか。仮にいっぺんにたくさんの不幸が降って来たら、僕も漂泊の俳人になってしまうのかも知れない。

どうにも僕には山頭火の生きざまが好きになれなかったし今もそうなのだが、彼のものの感じ方自体には共感を覚えることがある。

笠にとんぼをとまらせてあるく

歩きつづける彼岸花咲きつづける

まっすぐな道でさみしい

また見ることもない山が遠ざかる

すべってころんで山がひっそり

捨てきれない荷物の重さまへうしろ

あの雲がおとした雨にぬれている

墓がならんでそこまで波がおしよせて

酔うてこうろぎと寝ていたよ

雨だれの音も年とった

よい湯からよい月へ出た

かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た

何が何やらみんな咲いている

夕立が洗っていった茄子をもぐ

山のあなたへお日さま見おくり御飯にする

お月さまが地蔵さまにお寒くなりました

閉めて一人の障子を虫が来てたたく

ともかくも生かされてはいる雑草の中

日かげいつか月かげとなり木かげ

なんぼう考えても同じことの落葉ふみあるく

枯れゆく草のうつくしさにすわる

空へ若竹のなやみなし

ひなたは楽しく啼く鳥も啼かぬ鳥も

藪から鍋へ筍いっぽん

窓あけて窓いっぱいの春


山頭火は、季語や五・七・五の俳句の約束事を無視し、自身のリズム感を重んじる”自由律俳句”を詠んだが、彼に先立ち大正時代に同様な俳句を詠んだ男がいた。尾崎放哉だ。

この男も弱過ぎるし生活力もゼロだ。そう言う男を僕は好きにはなれないのだけれど、彼の感性には共感出来るし、詠った句も心に沁み入る時がある。

青草限りなくのびたり夏の雲あぱれり

今日一日の終りの鐘をききつつあるく

つくづく淋しい我が影よ動かして見る

ホツリホツリ闇に浸りて帰り来る人々

月夜戻りて長い手紙を書き出す

船乗りと山の温泉に来て雨をきいてる

浪打ちかへす砂浜に一人を投げ出す

雨の幾日がつづき雀と見ている

がたぴし戸をあけておそい星空に出る

人を待つ小さな座敷で海が見える

ころりと横になる今日が終つて居る

麦わら帽のかげの下一日草ひく

宵のくちなしの花を嗅いで君に見せる

咳をしても一人

いつしかついて来た犬と浜辺に居る

ビクともしない大松一本と残暑にはいる

障子あけて置く海も暮れ切る

竹籔に夕陽吹きつけて居る

鳳仙花の実をはねさせて見ても淋しい

入れものが無い両手で受ける

夕空見てから夜食の箸とる

枯枝ほきほき折るによし

白々あけて来る生きていた





うたかたの夢 2011年12月17日(土)
取引先の社長に呼び出されて、金曜日の夕方に奈良の斑鳩に入った。年末だと言うのにバタバタしている。事務所を出る間際に、慌てて書類を持って来られてた。時計を見ながら捺印や署名を終えて、今度は僕が慌てて電車に飛び乗った。

今年最後の出張になるかな。まあ、”千秋楽”と言ったところかなと思ったが、スケジューラーには28日にも出張が入っている。

奈良に着いたら、東京より寒かった。奈良は盆地だからな。

それにしても週末まで仕事で潰されることが最近多いよななんて思っていたが、打ち合わせの後に、とても素敵なお店に連れて行って貰った。奈良市 河合町にある 「さえき」という料亭だった。




続きを読む…
”ほんとうの話” 2011年12月11日(日)
木曜日に大阪に移動し、金曜日の午後に取引先との忘年会の為に高知に入った。

いい歳をして、木、金と二晩とも日本酒の一気飲みを繰り返したものだから、土曜日の朝はとてもしんどかった。

それでも、前日の寒さが嘘のように、風がなく天気もとても良かったので、皆で桂浜に散歩に出た。



浜辺で寛いでいる人達を見ると、とても優しい気持になる。


それにしても、今年の5月に生まれて初めて高知を訪問したのに、何の縁なのか、結局、今年は4回も高知を訪問している。




ところで、桂浜の坂本龍馬像はどこに向かって立っているのか知っていますか?

「(ほぼ東を向いているから)アメリカ(亜米利加)かな。」
と答えると、ある方が笑いながら
「残念でした。室戸岬に立つ中岡慎太郎像の方を向いているんです。ほんとうの話です。」
と説明してくれた。


室戸岬には確かに中岡慎太郎の像がある。今年の5月にスポスタで四国を回った時に、室戸岬で確かに中岡慎太郎の像を見た。

その中岡慎太郎像が坂本龍馬像の方を向いていれば、出来過ぎた話だが、僕の記憶では室戸岬の先端から南を見下ろしていた気がする。

この手の話は、鵜呑みにすると危ない。ちょっと調べて見た。

坂本龍馬像が建立されたのは昭和3年だ。地元の青年達の発案でこの桂浜の地に、この方向で建てられてらしい。一方、中岡慎太郎像は、安芸郡と室戸岬町の青年達の発案で7年後の昭和10年に建立された。

お〜い、何か変だろ。”予定調和”じゃあるまいし、先に中岡慎太郎像があったなら分かるけれど。


続きを読む…
二年振りのアメリカ訪問 2011年11月03日(木)
今回の米国出張が決まった時に僕は呟いた。 「ええ、あんな野蛮な国に行くのは嫌だ。」
途端に回りから突っ込みが入る。 「貴方が出張してもいいと思うのは、欧州と中国かい。」

「えっ、どうして分かるの?

この頃のアメリカはちょっと変だと僕は思っているし、出来れば近付かない、関わらないで過ごせればといいと本気で思っていた。

若い頃とても憧れた国ではある。アメリカが好きというのは、フランスやイタリアが好きというような個々の国の好き嫌いとは違う、別の意味があった。その大らかさと懐の深さから、よその国ではなく皆のアメリカという印象が強かった。移民の国アメリカのとても強い求心力だ。

80年代と較べてアメリカは良くなったのか悪くなったのか。

今のアメリカにも幾つものサクセスストーリーが生まれているんだろう。かっては日本人や韓国人が闊歩した空港内は、元気なインド人の姿が目立つ。

僕ら日本人が気難しくなっただけだろうか。本当は、アメリカ自体の本質は何も変わっていないのかも知れない。



シカゴ空港、昔ながらのターミナル間を結ぶシャトル。シカゴ空港は何も変ってはいない。


続きを読む…
船中八策 2011年11月02日(水)
今、伊丹空港内のホテルに居る。ビジネスホテルの客室は狭く、まるで船のキャビンのようだ。これから8時の成田往きに乗って、成田からアメリカに飛ぶ。

忙しいのかと訊かれると微妙だ。スケジュールだけは埋まっているが、事務所にいて朝から晩まで会議と書類に追われ、四六時中仕事のことで頭を働かせている時に較べれば、色々なことを考える時間はある。

昨日の東京駅から新大阪駅までの二時間半は、本でも読むか、これから数年の計画等を練ろうと思っていたが、仕事のメールが飛び交っていて対応に精一杯で、とてもそれどころではなかった。

今日は、成田から国際便に乗ってしまえば、外部との連絡は暫く断たれゆっくりと物を考える時間が出来る。

月曜日の晩に取引先と食事をしている時、高知の辛口の酒 「船中八策」を飲んだ。坂本龍馬の「船中八策」の逸話から名付けられた日本酒だ。美味い酒だったので、「船中八策」という題名でブログに何か書いてやろうかなんて思っていたんだけれど、考えるまでもなく、なんだか今の気分が「船中八策」そのものだ。

移動中に、いいアイデアが出て来るかは分からないけれど、色々と考えられる環境はある。それとも本や雑誌を読み捲って終わるのかな。煙草は到着まで我慢だ。




続きを読む…

| 次へ