愛車 FZ1とDYNA LOW RIDERで過ごす週末を
おやじが綴る日記です


過ぎ去って行く季節に
打ち寄せる月日に
そして
愛すべき
戦士と 僧侶と 画家たちに
この物語を捧げます



















おもしろき こともなき世を おもしろく
すみなすものは 心なりけり

 
« スポスタ | Main
2012年05月
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリアーカイブ
最新記事
リンク集
友人新着記事

ネットワーク

プロフィール


最新コメント
リターンライダー
群馬県主要道15号線 (05/21)
まさくん
群馬県主要道15号線 (05/21)
リターンライダー
今ここ - 追記あり (05/21)
まさくん
今ここ - 追記あり (05/20)
リターンライダー
長旅の後 (05/20)
義太夫
長旅の後 (05/19)
リターンライダー
安房グリーンライン (05/16)
ヤマハ乗りのスズキ
安房グリーンライン (05/14)
シロブサ
安房グリーンライン (05/14)
月別アーカイブ
アバター
ブログパーツ


Goo-net Blog
GooWORLD Blog
GooBike Blog
街に出てみた 2011年03月20日(日)
災害後、初めての連休。都内はどんな様子か偵察機ポチ(KLX250)で街に出てみた。

朝、かみさんが、出掛けるならどこかで納豆を売っていたら買って来てねと言う。牛乳はもうどこでも手に入るらしいが、納豆は売り切れらしい。かみさんは義母さんと信濃町に墓参りに行くらしいが、帰りにどこかのスーパーで納豆を手に入れて来ると腕捲りしていた。

FZ1とスポスタは満タンだが、ポチには給油をし忘れていた。給油キャップを外して車体を揺さぶった感じでは残り2リッターといったところか。まあ、都内の探検には十分だろうと走り出した。

それよりタイヤの空気圧が落ちているなと走りながら気付く。給油は不要だがどこかでエアを入れたい。(オフ車は空気圧を走行路により頻繁に調整するため、窒素は使っていない。)

甲州街道から山手通りに入ってすぐに開いているガソリンスタンドを見付けた。車が数台しか並んでいない。

ラッキー




続きを読む…
KLX押しがけ 2011年01月30日(日)
思うところがあってこの週末はずっと書斎に籠っていたんだけれど、今日の午後になって急にKLXのバッテリーが気になり出した。

嫌な予感はしていた。最後に乗ったのって何時だよ。半年前? 

いや、それはそのツーリングの話であって、確かその後二 - 三回街乗りに使ったような使わなかったような。

寒くて面倒臭いので、サンダルのままKLXのところに行き、エンジンだけ掛けることにした。燃料コックを捻って、チョークレバーを引いて、アクセルを少し開ける。そしてセルのスイッチを押した。良かった、バッテリーは死んでいなかった。

でもエンジンは掛からない。もう一度。あれ、駄目だ。もう一度、あれ、やばいセルモーターの勢いが無くなって来た。

腹を決めて、部屋に戻りヘルメットと手袋を持って来た。家の近くのT字路までKLXを押して行く。このT字路から50m程の下り坂がある。坂道を利用して押しがけをすることにした。

前にもバッテリーがあがった時に、この坂でエンジンを掛けたことがあるし、すぐエンジンが掛かると思っていたんだけれど、結局5回もKLXを坂の上まで押すことになった。

押しがけの基本はセカンドギアかサードギアを使用すると言われているんだけれど、KLXの場合というか、KLXとあの坂の角度と僕の体重の関係で言うと、どうもローギアの使用がいいようだ。しかも、ニュートラルのまま坂を思いっ切り下って、ガツンとローギアに入れるといいようだ。

5回は押しがけの基本通り、最初にセカンドギアやサードギアに入れておいて、クラッチを切ったまま坂を下り、途中でクラッチをつなぐという作業を繰り返したんだけれど、エンジンは反応してくれなかった。6回目ではやけくその自己流、ニュートラルで下って行って、ローギアにガツンと入れたら、プラグに火が付いた。

この後、暫くは何時エンジンが止まるかドキドキで、チョークレバーも戻さないで10分は走り続けた。



家に戻って来て、ビールを飲んだ。うん、とてもうまい。だって、冬なのに汗かいた。


夏景色 A 2010年07月27日(火)
国道299号線 武州街道は、武州”酷道”とも茶化されるほど、部分的にタフな1.5車線の道が続く。特に十石峠の辺りは、坂とカーブの連続だ。国道299号線は中部地方から関東地方に向かう方が下りとなる珍しい国道だ。



十石峠の手前


続きを読む…
夏景色 @ 2010年07月27日(火)
ツーリング中のスナップショット集です。

明野のひまわり畑のあとは県道23号線(増富ラジウムライン)を北上した。



笛吹川の支流である塩川に架かる孫女橋からの景色。昔、ここによく山女を釣りに来た。



県道23号線と塩川は絡み合うようにみずがき湖まで延びる。右手に山里の風景が拡がる。


続きを読む…
反対側から眺めてみた 2010年07月26日(月)
天気の良い日の夕方に一息ついて、会社の喫煙ルームで西北の方向を眺めると、秩父連峰が見える。



そんなに高いわけではないが、平野部からは最初に目に入る山塊群だ。その中でひときわ目立つのが秩父盆地の南側に在る武甲山。別名秩父嶽、妙見山、武光山。一度見たら忘れない形をしている。

昨日は武州街道を下って秩父盆地に入った時、武甲山を真近に見た。ちょうどいつも眺めるのとは反対側からだ。



この武甲山の名前は、武州(武蔵国)と甲州(甲斐国)の境目あたりにあるからそう呼ばれるのかと思っていたら、日本武尊が東征の際、自らの甲(かぶと)をこの山の岩室に奉納したという伝説に由来するらしい。知らなかった。よくよく考えれば武甲山から山梨県までは結構距離がある。


続きを読む…
一都五県ツーリング 2010年07月25日(日)
本日の走行距離は415Km。”ヨイコ”のはずだが途中で雨に降られた。(おやじギャグ

今日は久々にKLXで出動した。だって夏色のバイクでしょ?  
高速道路の利用は往路の135Kmだけにして、後は帰路も含めてすべて地道を走った。(峠を攻めたかった。 こいつにだけはETCが付いてないの。


首都高 永福IC - 中央高速道 - 須玉IC - 明野 - 県道23号線 - 県道610号線 - 信州峠 - 県道610号線 - 県道68号線 - 海ノ口 - 国道141号線 - 小海(「風とり」食堂) - 国道141号線 - 国道299号線(武州街道) - 十国峠 - 国道299号線 - 上野村 - 国道299号線 - 志賀坂峠 - 国道299号線 - 小鹿野町 - 国道299号線 - 秩父 - 国道299号線 - 県道53号線 - 吹上峠 - 県道23号線 - 青梅 - 青梅街道 - 新青梅街道 - 青梅街道



お気付きのように、今日のツーリングの目玉は小海を過ぎた四ッ谷(佐久市の飛地)から、秩父を通り過ぎ、正丸峠正丸トンネル前の県道53号線との分岐まで、しつこくしつこく国道299号線を東進することだった。途中、快走路有り、1.5車線道路有り、ヘアピン有りで楽しかった。




でも今回のツーリングの隠れ目玉は”一都五県ツーリング”だったこと。


中央高速道を須玉ICで下りただけで、もう、東京都、神奈川県、山梨県を通ったことになるけれど、山梨県 北杜市から県道610号線で信州峠を越えれば、その先は長野県 川上村だ。そして国道299号線で十石峠を越えれば群馬県に入り、小鹿野町で埼玉県に入る。最後に県道53号線で埼玉県から東京都 青梅市に戻った。


続きを読む…
今ここ 2010年07月25日(日)


北杜市 明野、日本で一番日照時間の長い場所。


真っ白 2010年04月18日(日)
連休が近い..........だが、その前にこなさなければならない行事が幾つかある。明日は特に嫌な日だ。中国の某市のミッションの受け入れで酒を死ぬほど飲むことになりそうだ。

でも連休に向けてのPROJECT Xは静かに進んでいる。

今日の午後、塗装用のコンパウンダーでKLX250のプラスチック部品を磨いた。


真っ白になった。



ついでにブレーキ&パーツクリーナーで金属部分を綺麗にした。丸々一本使った。


続きを読む…
鎌倉街道 山ノ道 B 2010年03月21日(日)
鎌倉街道 山ノ道は秋川を越えると、JR五日市線の武蔵増戸の駅の西側を通る。鎌倉古道は一本左の路地だが、あまり何かが残っているとも思えないのでそのまま北上する。やがて「平井本宿」という標識のある所に来る。「平井本宿」は古い宿場町のあった所だ。

畠山重忠は秩父の居館と鎌倉を往還する時は、いつも平井に泊まり平井妙見宮を参拝したと云う。平井妙見宮は秩父平氏の祖、平良文が中興した社だそうだ。

実は僕は平井川に架かる西平井橋までは自分の走っている道に確信があったのだが、その後迷子になった。前方に丘陵が見え、また山道に入って行くのは分かっていたがツーリングマップルでは限界だ。オフ車の時は僕はNAVIを持たない。まずは秋川街道に出よう。秋川街道に向かって玉の内川と云う平井川の支流が遡っているはずだ。道を見付けた。玉の内川が流れ、道がその傍らを左右に移動する。




途中に幾つものお地蔵さんがある。大局観では秋川街道の近くを走っているのは分かるが、自分の正確な位置は分からない。


続きを読む…
八王子 「星の家」 2010年03月21日(日)
鎌倉街道 山ノ道の旅は高尾から秋川まで辿り着いたのだけれど、綿密なツーリングレポは書いててちょっと疲れる。

ちょっと休憩。

1. 畠山重忠ってこんな人。


何しとんの?って、源義経に従ったひよどり越えの作戦で、馬が怪我しないように担いで崖を駆け降りたらしい。

馬を担いだとか、石に指で穴を開けたとかの伝説がある位、巨漢、強力だったようだ。畠山氏は元々坂東八平氏の一つの秩父氏の惣領家だったのだけれど、後の時代になると清和源氏 足利氏の一族として活躍する。

一体どっちなんだって言うとどっちも正しい。重忠が二股川で無念の最後を遂げた後、畠山重忠の妻が北条時政の娘だった関係から、重忠の死後に足利義兼の長男 義純と再婚し、そこで義純は畠山氏の名跡を絶やさないために畠山氏を名乗ることになり、畠山重忠の旧領は義純に与えられた。義純の弟が足利義氏で後の足利尊氏のご先祖さんだ。

以来、畠山家は鎌倉末までそのまま続き、建武の争乱にあたって足利尊氏に従って軍功を挙げ、高国は奥州深題として東下し、その子孫は二本松畠山氏となった。また国清は鎌倉公方足利基氏の執事として活躍したが、やがて基氏に追われた。
国清の弟義深が、幕府に仕え能登・越中・河内・和泉などの守護となり、その子基国は明徳の乱・応永の乱に功を立て、斯波氏・細川氏とならぶ三管領の一人に数えられるに至った。

まあ、裏話としては、何時も何時も北条氏の影がちらついてうんざりするのだけれどね。
足利義氏の母は北条時政の娘時子。足利義兼の三男でありながら、正室の北条氏の所生であったため庶長子の義純を差し置いて家督を継いだ。でも、その庶長子の義純も北条時政の娘と結婚するわけだ。



2. 八王子 「星の家」

中央高速道の八王子ICを下りた時、前に気になって手帳に書いておいたラーメン屋さんの名前を急に想い出した。手帳って怖いね。何かを書いて置くということは、無意識の内に行動目標として脳が認識してチャンスを伺っているのかも知れない。

しかし、「星の家」への道は分かりにくかった。


八王子のような郊外でもこんな路地があるんだね。


続きを読む…

| 次へ