愛車 FZ1とDYNA LOW RIDERで過ごす週末を
おやじが綴る日記です


過ぎ去って行く季節に
打ち寄せる月日に
そして
愛すべき
戦士と 僧侶と 画家たちに
この物語を捧げます



















おもしろき こともなき世を おもしろく
すみなすものは 心なりけり

 
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しばらくブログをお休みします 2012年02月10日(金)
父が亡くなったので暫く喪に服します。ブログもお休みします。




生まれて来る新しい命と、消えて逝く老いた命。

でも、子供のように無邪気でやすらかな顔をしていました。


また、外した 2012年01月13日(金)
12日来日したガイトナー米財務長官に、日本のイラン産原油の段階的削減を安住財務相が爽やかな笑顔で表明した。

米国ではイランの核開発疑惑を理由に、エネルギー・銀行分野で同国との取引を禁止する制裁強化法が成立した。これを受け来日したガイトナー米財務長官が日本にも協力を要請して来たからだと言う。

その後、藤村官房長官は同日の会見で、慌ててイラン制裁に対する日米協力に関して「国際原油価格の高騰による世界経済への影響を最小限に抑えるべく両国間で緊密に協議していくことが必要だ。さまざまな対処の方法があり、1つだけではない」と、財務相の表明について「さまざまな意見の1つ」と説明した。

だが、財務相は今日、「日本経済への影響を慎重に勘案する一方で、核問題は安全保障の観点から見過ごすことができない問題ということで政府内の意見は分かれていない」と強調した。

一方で、「邦銀の取引高は米国でも大きい。できるだけ適用除外をしてもらわなければ金融にとって打撃になる」と述べ、輸入削減と引き換えに邦銀への適用除外を米国に求めると発言した。政府が輸入削減を決めたのは、米国のイラン制裁強化に基づきメガバンクなどの邦銀が米国で事業停止に追い込まれると、金融システムや経済に影響が及ぶという理由だ。

なんだ、協力を要請されたんじゃなくて脅されたんだな。まっとうな経済活動をしている産業界より金融業界が可愛いんだな。

それにイランが日本に何かイランことをしたんかい。戦後65年以上経っても、日本は未だにアメリカの属国だ。


民間の大手石油元売り会社や商社は、既に昨年からサウジアラビアなどに代替調達を打診しており、供給量は十分に確保できる見通しらしいが、相場の犬達がいる限り必ず石油価格は暴騰するだろうね。 

これを避ける為に、円高が続くことを希望する声が聞こえ出して日本はいよいよ不景気、そこにどぜうが増税をしたら日本経済は目も当てられない。

イラン情勢は、予定していたようにわざわざ緊張を高めていくようなシナリオ通りに動いているように見えるし、欧州の金融システム崩壊と戦争がセットで動き出しているように見える。もう、こういう手口は1990年の湾岸戦争の頃から見せつけられて来た。景気が悪くなったら戦争でなんとかするとか、つくられたパニックによる羊毛狩りの世界はたくさんだ。

興味深いのは、欧州連合(EU)がギリシャやスペイン、イタリアなどの国が原油の代替調達先を確保できるようにと、対イラン追加制裁の実施をおよそ半年遅らせる公算が大きいというニュースだ。EUはアメリカの犬ではないらしい。日本は、また外したな。


             


謹賀新年 2012年01月01日(日)
皆さまのご多幸を心よりお祈り申し上げます。

今年一年、皆さまが、事故に遭いませんように、そして、健康でありますように。




黙示録 2011年12月18日(日)
あまりバイクブログに書くような話ではないのだけれど、年の瀬でもあるので来年の事を思って、少し真面目な話を書いて見る。

子供の頃は国会中継のニュース番組なんかを偶に見て、テレビに映っている難しい顔をしたおじさん(おじいさんも居た。)達が自分達を選んだ国民のことを考えながら、真剣に討議した結果、色々なことが決まるんだねと納得していた。

最近はどうなんだろう。日本の政治家だけでなく海外の政治家も含めて、誰も何も決められず慣れ合いの討議だけが進んでいるような気がする。と言うよりは誰も代表者、主体者のような顔はしておらず、どこかに黒幕が居てその代理同士が議論をしているように見える。互いの黒幕が同一人物なんじゃないかと言う気までして来ることがある。それじゃ、ユダヤ教で言うところのゴーレム(泥人形)だよな。まあ、少なくとも国民の代表という匂いを持った政治家はそうそう居ない。

日本の課題は、明日も昨日の続きだと勘違いし、ボロボロのアメリカに国富を差し出しながら、その威光を笠に着て権力を保持しようとする官僚連中から、政治家が権力を引き剥がすことだろう。国民はまだ健全だから、権力が立法府に移ればこれからの日本はまだなんとかなる気がする。

問題はアメリカだ。オバマがアメリカ大統領候補として忽然と現れた時には、僕はアメリカという国の懐の深さに本当に驚いたのだけれど、この二年十ヶ月を振り返って見ると、きれい事や表面だけのインチキ政策が多く、彼はどこかの黒幕が”必要な時”に送り込んだ”つなぎのピエロ”である気がして来た。このまま何もしない、何も出来なかった大統領として来年には任期途中で、突然辞任するんじゃないのかな。共和党にはリック・ペリーがいるが、今のアメリカで共和党は勝てないだろう。次の大統領は今 副大統領をやっているジョセフ・バイデンで決まりだろうな。それでもアメリカは凋落を続けるだろうな。

ジョセフ・バイデンのアメリカと、習近平の中国に挟まれた日本か、日本を守る為にはエース級の首相が必要なんだろうが、候補の顔が浮かばない。

歴史には、偶然と必然があるのだけれど、僕の史観では、世の中で今起きていることは、地震や津波のような自然災害は除いて、英米中心主義と多極化主義の戦いや軋轢の影響や、世界政府樹立をめざす”奥の院”の人達の画策の結果に因る必然だったと感じている。仕組まれた、予定された悲劇が起きているというのが僕の認識だ。

来年はすべての膿出しで、大変な年になりそうだなという気がしてならない。仲間達に対して暖炉ぐらいにはなりたいけれど、燃料切れも有りうるな。それにまずは家族を守らなければならない。




以前にアイン・ランドの「水源」や「肩をすくめるアトラス」をブログに取り上げたので、ある年長の方から、君は”リバタリニアン”かねと訊かれた。意図を計りかねたが、正直にまさかと答えた。リバタリニアン、リバタリアニズム(新自由主義、超個人主義的自由主義)とは、あまりに日本的である僕の考え方とは相容れないものだ。単に今のアメリカのエリート層を支配する考え方に触れてみたくなって、二冊の本を読んだだけだ。

リバタリアニズムを主張するアイン・ランドの評価は、”一切の偽善を排して、真の自由の為に戦い抜いた保守思想家”ということになっている。二作の作品の中でも、”皆の為、社会の為”を主張する人々を、偽善者としてピエロのように仕立て上げることに成功している。

富を掠めとられる金持ちは馬鹿者だと言っていると同時に、資本家こそが富の生産を行い、労働者は富に寄生するだけの存在としている。合理的な自我主義を是とし、利他主義を排した。

色々な考え方があってもいいのだけれど、怖いのは彼女の本が、昔から全米のハイスクールに無料配布され続けて来たことだ。「水源」は、数百万部のベストセラーと言われているが、このロシア生まれのユダヤ人女流作家の作品は洗脳教育の為に無料配布された。因みに、彼女は、フィリプス・ロスチャイルドの愛人でもあった言われている。

1981年にレーガン政権が出来た時、アメリカは”小さな政府”の方向に舵を切った。”小さな政府”とは、社会における所得の再分配がなくなるということだ。当時 政策の後ろ盾になった経済学は、ミルトン・フリードマンのマネタリズムであり、”シカゴ・ボーイズ”が政財界を跋扈した。そして、政策を思想面で支えたのが、このアイン・ランドのリバタリアニズム(新自由主義、超個人主義的自由主義)だと言われている。

その後、アメリカの労働者の賃金は年々低下、大企業の経営者の所得は大幅に上昇して行った。現在の階級社会、格差社会、二極分化社会の原点がレーガン政権の政策にあると言われている。

リバタリアニズムで洗脳された若者は、社会人になってもこう考えている。富める者が貧しい者を徹底的に支配するのが当たり前だ。気を付けろ、卑劣な者たちが富を奪おうとしているぞ。

途中、”揺らぎ”や政策の変更はあったのだろうが、結局、今日のアメリカは数%の人間に富が集中する一方、実質失業率は20%近く、失業保険は26週間で打ち切られ以後は失業者扱いされず統計から消える。食えない若者は軍隊に入って、イラクやアフガンに出稼ぎに行くしかない。まったくの無収入者が600万人を数え、国民の7人に1人がフードスタンプで生きている。5千万人は医療保険に入っていない。

刑務所の囚人数も、レーガン政権前には50万人程であったのが、今や囚人数は200万人を越える。何らかの矯正施設に入れられている人間は700万人だそうだ。

そして国の赤字は50兆ドルとも60兆ドルとも言われている。

そんな中、リバタリアニズムの継承者であるティーパーティーの連中は自分達のことばかりを考えている。

これからアメリカはどうなって行くのかと言うより、日本が買わされて来た国債の償還はすべて諦めてもいいから、これ以上は日本を巻き込まないで欲しいと願う。

9.11、イラクへの侵攻、キリスト教原理主義、ユダヤ・キリスト教、ネオコン、大伝道師 ビリー・グラハム、ビルダーバーグ会議、世界のエリート、二重基準、世界政府を目論む支配層、グロバリゼーション。

選ばれたごく一部の支配層のみが他の人間を奴隷のように支配するような社会が、アメリカから始まる気がしてならない。


冬支度 2011年11月19日(土)
一日中雨だ。

例年、11月に東京でこんなにしっかりとした雨が降ったかななどと首をかしげている。

あっと言う間に過ぎた一週間、遊びに行くより家でのんびりしていたいなと思っていたら、丁度雨だ。冷たい雨のようだが、家の中から窓越しに眺めれば慈愛の雨に思えて来る。

今年の秋は短かったなと思う。夏がついこの間まで続いたと思ったら、冬がすぐにやって来た気がする。それにしても、今年の夏は山間部を良く走った。FZ1でもLOW RIDERでもツーリング先は山間部が多かった。夏は山間部で峠を走り、冬には平たい場所で名所旧跡巡りをするというパターンが定着するかも知れない。

先週末に、河口湖から甲府方面に抜けようと御坂みち旧道を走っていたら、御坂トンネルはもう冬季閉鎖になっていた。これから12月に掛けて、関東近辺の峠道は順次冬季閉鎖に入る。思い当たるだけでも、11月には、奥志賀スーパー林道、志賀草津道路の渋峠、メルヘン街道の麦草峠、ビーナスラインの扉峠、武石峠、和田峠、上高地の各山間道路、野麦峠が冬季閉鎖に入ったはずだ。山岳道路走行は、来年の4月、5月までお預けだ。富士山も冠雪が始まっている。

配達されたまま手を付けなかった「風まかせ」やら、買い置いておいた本を読みながら、部屋の掃除やら衣類の整理を始めた。夏物のTシャツで来年も着れそうなものは仕舞い込み、ボロボロのものは挟みで切ってウェスにする。代わりにヒートテックのTシャツやタイツを引っ張り出した。グラブもこれからは冬用に替える。

これからの季節は、旧東海道 宿場跡巡りをするとか、伊豆や千葉の海岸近くを走るとか、季節なりの楽しみ方になる。日が暮れるのも早いので遠出も少なくなるだろう。



10月までは普通に通れた御坂トンネルも先週末にしっかり閉鎖された。


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今ここ 2011年10月02日(日)

なんだか大変なことになっている。


雑感 2011年05月25日(水)
地球上の(と言うと大袈裟か)、世の中の素敵なものや綺麗なものだけを見て生きようとは思っている。

嫌なことや避けたいこともあるのだけれど、実際には、身体が新陳代謝を繰り返すように濁も清とともに飲み込んで頭の中で整理して行く。健やかな心があれば、つまらないことに躓いたり、穴に落ちたりはしない。

この頃のマスコミの報道に対して感じることを書いてみようと思う。

テレビでコメンテーターが、震災関連の記事やニュースに関して、「取材時の情報源自体の限界や誤謬、錯誤もあるだろうから正しくない報道があっても仕方がないが、次々と新しい記事やニュースを出す前に、しっかりと以前の報道の誤りを訂正すべきだ。 さもなければ国民は混乱する。」と話していた。

もっとも過ぎる意見なんだけれど、このコメンテーターはマスコミに優しい。

僕も仕事で言ってみたい。「ええ、だって、情報源自体が間違っていたんだもん。」 新聞記事やニュースの速報性はとても重要だけれど、日々、”右から左”の情報が垂れ流されている。

訂正すべきといっても、彼らも”商売”で売上部数や視聴率に追われる身なので、そうそう修正記事ばかりも書いていられないだろう。子供達のベネッセ添削みたいなわけには行かない。赤ペン先生を雇う余裕はないだろう。

でも、それらはすべて善意の議論だ。”情報操作”があったらとても怖い。意識的なものだけでなく、無意識のものも含めてだ。人間は感情の動物だし、記者も人間だ。

だから、僕らは世の中で起きていることに関して、報道を鵜呑みにはせず、背を伸ばして目を上げて耳を澄ませていなければならないと思っている。

話は変わるけれど、写真撮影という技術が出来上がる前までの絵という媒体の役割と、写真が登場してからの絵という媒体の役割は変わって来たのか来ないのか。写真が誕生しても、人が風景画を描き続けるのはなぜ?より自分の感じた印象を強調出来るから?最近は写真も色々な加工やデフォルメが可能だね。まあ写真が恒に絵より正確に真実を伝えているとは言えないという人もいるだろう。

子供達の絵を見ていると、とても楽しくなる一方で、時々、ああ、このデフォルメは怖いなとか感じる時がある。あるべき所にあるべきものがない絵も怖い。太陽のない空とか、三本脚のテーブルとか、ドアのない車とか。一方でカメラを持たすと、とんでもないものを撮影したり、へーと思うアングルから撮影したりする。




異様に部分部分がデフォルメされた化け物や怪物も怖いけれど、脚のない幽霊も怖い。

化け物や幽霊なんかをひっぱり出すんじゃなくて日常感覚で言うと、

木漏れ日の素晴らしい森の中にいて、人と椅子に座って話しているのだけれど、見渡すと50メートルほど先の3メートル四方あたりが欠落していて、そこから闇が見えていたり、真っ赤な炎が見えていたりするイメージかな。そして、話している相手の方の関節があり得ない方向に折れ曲がっているのに、ご本人は寛いで椅子に座っておられるとか。顔を見ると鼻が曲がっていたりする。

田中宇さんが、この頃のマスコミ報道に関して的確な批評をされていたので引用する。

QTE
私が分析作業を続けて来て、特に911事件以後の10年間にひどくなっていると感じるのは、マスコミの報道を通りいっぺん見聞したときに人々が受け取る「表に出ている世界の様相(表相)」と、報道などの情報を分析していくと矛盾や空白の部分が見えて来て、それらを自分なりに洞察すると気づく「一枚めくった下にありそうな世界の様相(深相)」との乖離だ。私はかって、表相と深相の乖離が解消されていくと楽観的に予想していた。しかし、実際には、表相と深相の乖離が縮まらないまま、テーマごと忘れ去られることで終わるものが多い感じだ。かって「冷戦」がそうだったし、今は「テロ戦争」や「地球温暖化」がそうだ。
UNQTE




そっちで始まりましたか 2011年03月20日(日)
SUPER FULL MOONの時は要注意なんていうのは迷信だと思っていたけれど、こんな時なのでやはり気にはなる。

月の影響は人間の身体や心にもあるだろうと思い、なるべく影響を受けないように(自分自身が狼にならないように )、水分をたくさんとって血が濃くならないようにして、リラックスして過ごしている。後は日本国の安寧を願うだけだ。

昨日も余震はあったけれど、大きな事件はなかったし、原発の処理作業も進んでいるようだ。

と思っていたら、リビアで始まってしまったようだね、リビアに対する多国籍軍の軍事行動。

色々な人のそれぞれの”正義”があるんだろうけど、なるべく血が流れないことと、リビアの富が、リビアの民衆ではなく海外に掠め取られることがないようにと祈るだけだ。





追伸
家に籠って”古事記”なんかを読み返している。へなちょこ、へっぽこ、エッチ、嘘つきでとっぽい神々が次から次へと登場する。こういうのが元々の大和魂だろう。


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おそらく今日20万アクセス 2010年12月20日(月)
何時頃か分からないけれど、おそらく今日20万アクセス到達の模様です。




お付き合い有難うございます。




鬼の霍乱 A 2010年07月24日(土)
僕は基本的に体がとても丈夫だし、精神的にもタフだ。

心が折れるとかいう表現は、言葉は知っているが、たぶん理解は出来ていないだろう。心配事は多いけれど、普段からとても機嫌が良い。

ガキがそのまま大きくなったようなものだが、僕にも自慢出来るものがある。僕の”胃袋”だ。

連日の会食とお酒、それに煙草でいじめているが、僕の”胃袋”は弱音を吐かない。でも、そのくらいのことで自慢はしない。本当に自慢出来るのは、僕の胃袋の”動物的優位性”だ。

今週は火曜日から金曜日まできっちりと会食がスケジュールに入っていた。水曜日の晩は白ワインで食事をした後、料理をつまみにして白ワインをガブ飲みしていたし、食後に75度のロンリコというラムを飲んだ。木曜日はなぜか冷やした赤ワインを飲みながら焼肉を食べた焼肉をつまみにして冷やした赤ワインをガブ飲みしていた。その合間に煙草をスパスパ吸っている。

それでも、水、木と朝はとても爽やかに迎えていたのだが、昨日の朝、地下鉄を下りた時、急に気分が悪くなった。暑さのせいかなと思う。会社についてからも吐き気が止まらず、トイレに駆け込み吐き続けた。胃が疲れたのかなと思う。まずいな、今日は打ち合わせが三件も入っているし、夜にお客さんと会食があるとトイレの中で思う。

朝起きた時は胃袋の機嫌はとても良かった。汗でびっしょりになりながら考えた。ハタツと思い当たる。道に落ちていたものを拾って食べた、朝、食卓の上に置いてあった古いチャーハンを食べてしまった。 かみさんが捨てるつもりで忘れていたものだった。

食当たりだ。とにかく、冷たいお茶を飲んでは、またもどすことを繰り返して胃を洗浄した。

その後、書類を片付けたり、打ち合わせがあったりしたが、とにかく気持ちが悪いのを耐えた。


でも、さすがに社員食堂でしっかりというわけには行かなかったが、お昼にはコンビニのおにぎりを頬張っていた。

午後からは普通の気分、頭もクルクル回り出した。そして夜の会食では、食後に皆が珈琲を飲むのを尻目に僕はグラッパを二杯飲んだ。

そう言えば17年前に北京のレストランで、出張者10人全員が海老で食当たりになった時も、僕が最初に気分が悪くなって、部屋に戻った後吐いた。他の人達はその晩はなんともなかったようだが、翌日、観光中に頤和園や万里の長城で気分が悪くなったらしい。僕は翌朝は普通に朝ご飯を食べていた。

僕の胃袋はタフなだけでなく、優秀なセンサも付いているらしい。





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