愛車 FZ1とDYNA LOW RIDERで過ごす週末を
おやじが綴る日記です


過ぎ去って行く季節に
打ち寄せる月日に
そして
愛すべき
戦士と 僧侶と 画家たちに
この物語を捧げます



















おもしろき こともなき世を おもしろく
すみなすものは 心なりけり

 
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橋の話 2012年03月31日(土)
バイクで走っている時は、車と違って身体が外気に晒されているせいか、走行中に変化してゆく回りの環境や景色にとても敏感になる。高速道路を走っている際にも、走行環境は一様ではなく、トンネルでは目を凝らすし、横風の強い橋を渡る時には肩に力が入る。

日本の国土は山がちなので、数えきれない位の橋やトンネルがある。ずっとバイクで走って来て、トンネルの存在には本当に感謝はしているのだが、特段の思い入れはない。

ダムも人間がつくった偉大な建造物だとは思うのだが、やっぱり僕は橋という建造物に対して特別の感情を持つ。日本三大奇橋のような小さな橋も好きだが、人だけでなく車や列車まで通過させてしまう大きな橋が好きだし、敬意を持つ。

大きな声では言えないが、僕は大きな橋があると寄り道して往復してしまう癖がある。

1980年代半ばに初めて海外出張を命じられ、空港から郊外のホテルに向かう途中に、ニューヨークのホワイト・ストーンブリッジ(1,149.10m)を渡った時には、本当に感動した。そしてニューヨークからニュージャージーへとハドソン河を渡る時に通ったタッパンジーブリッジ(4,880m)には心の底から驚いた。

サンフランシスコに出張を命じられた時は、嬉しくてレンタカーでゴールデンゲートブリッジ(2,737m)を往復してしまった。

あの当時の日本で長い橋と言えば、関門橋(1,068m)位のもので、長い橋がそんなになかったのだ。今は、日本にも数多くの長く大きな橋がある。記憶では80年代の後半位から大きな橋の建設ラッシュが日本で始まったように思う。

レインボーブリッジ(798m)やつばさ橋(1,020m)は当たり前のように使っているが、完成したのは1993年か94年の頃だったと思う。横浜ベイブリッジ(860m)はそれより早い1989年頃だったかな。

これらの橋も充分長い橋なのだけれど、その後は普通に長さ1,000mを越える橋が建設されて行った。

東京湾のアクアブリッジ 4,400m
明石海峡大橋 1,991m
名港東・中央・西大橋 700m・1,170m・758m
*ひょっとしたら名港西大橋は横浜ベイブリッジより前に建設されていたかも知れない。
瀬戸大橋 9,367m
多田羅大橋 1,480m
来島海峡大橋 4,105m

長い橋と言ったら構造的にはトラス橋ではなく(最近出来た東京ゲートブリッジ 2,018mはトラス橋だけれど)、吊り橋が多いと思っていたのだが、土木工学の分類では、吊り橋と斜張橋は構造が違うらしい。2本の主塔とそれに渡される2組の主要ケーブルを持ち、そのケーブルから鉛直に垂らされたハンガーロープで桁を支持する橋を吊り橋と呼ぶそうだ。一方、ハンガーロープがなく、複数のケーブルを斜めに張って直接桁を支えるものは斜張橋と呼ばれるそうだ。

レインボーブリッジ、明石海峡大橋、瀬戸大橋、来島海峡大橋 は吊り橋だが、横浜ベイブリッジ、つばさ橋、多田羅大橋は斜張橋だ。そして瀬戸大橋は吊り橋・斜張橋・トラス橋を組み合わせたものらしい。



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BMW S1000RR 2012年03月31日(土)
僕はFZ1 銀次郎とDYNA LOW RIDER ポニーの二台のバイクで充分満足しているのだが、それでも気になるバイクは存在する。でも、そう簡単に乗り替えようとは思わない。

バイク仲間の中には気に行ったバイクにずっと乗り続ける人もいるし、コロコロ買い替える人もいる。コロコロ買い替える人は、選んだバイクと相性が悪いとか、気に入らない点があるのかと言うと、そうでもないようだ。好奇心が強いのか、或いは癖みたいなもんなんだろう。

買い替え癖が一度付くと、後は華麗な(悲惨な?)バイク遍歴が始まったりする。わずかな距離を走っても、買値と下取り価格には大きな差があるから、お金がどんどん出て行ってしまう。

同じカテゴリーに属するバイクをコロコロ買い替えて行くのも如何なものかと思うが、重たいアメリカンから軽いスーパースポーツ車に乗り換えて見て、また重たいアメリカンに戻るとか、カテゴリーを越えた遍歴を重ねる人もいる。

まあ趣味の世界の話だし、お財布が許すならカラスの勝手なのだが、一つだけ言えるのは、充分な検討をせずに衝動買いをした場合には、手放すのも早いような気がする。
衝動買いしたバイクが、偶々乗り易い、極めて標準的なミドルクラスバイクやリッタークラスバイクであった場合には、ライダーとバイクの関係はそれなりに長続きするようだが、性悪女に惚れた時のように、癖のあるバイクと恋に落ちてしまうと、とことん乗り続ける場合もあるが、大抵はすぐに破局がやって来るようだ。

まあ、充分な検討と言っても、ショップでバイクに跨ったり、一回や二回試乗しただけでは、正直言って個々のバイクの個性は分かりようもない。買った後に癖に気が付いたら、性悪女にこちらが合わす気構えが必要かも知れない。

HDのスポスタに乗り始めてすぐに手放す人は少ないが、DYNAファミリーやTOURINGファミリーのような重たいHDを、何の覚悟もなしに衝動買いした人が、持て余してすぐに手放す場合が多い。トリップメーターは数百キロしか示していないこともある。

150馬力を越えるスーパースポーツバイクも、比較的早い段階で手放される場合が多い。え〜、こんなにラィディングポジションがしんどかったけなんて言うのは論外だが、オーバーパワーに峠で戸惑ったり、アクセルワークが難しかったりで手放すらしい。

BMW S1000RRもそんなバイクの一台らしい。



この間、銀次郎のフロントタイヤを交換にショップに行った時、S1000RRが3台もあったので、どうしたのと訊いたら、1台は新車だが2台は乗り切れない人が1000Km乗らずに手放したとのことだった。


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川面をずっと眺めていた 2012年03月25日(日)
本日の走行は150Km。午後から青梅の先、吉野梅郷に出掛けた。

去年に較べて梅の開花が遅いと聞いたが、去年の今頃は東日本大震災があって花見どころではなかった。

でも、一昨年に較べても、確かに梅の開花は一週間以上遅い。今年は本当に春が遅かったね。

吉野梅郷の中心である”梅の公園”に行ってみたが、山の斜面は寂しい限りだ。一昨年とは全然違う景色がそこにあった。 肩の荷が下りたと、強がっている身にして見れば、この梅林のお出迎えはかなり寂しい。

何時もの蜜蜂の巣箱のある梅林にも行ってみた。





梅の花は七分咲きだったけれど、巣箱の回りでは蜜蜂が忙しなく動き回っていた。

春は確実に来ている。

梅林を抜け、吉野街道を横切って街道の北側に入る。こちらにも梅林がたくさんあるが、まだ蕾のままだった。


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肩の荷が下りた 2012年03月25日(日)
昨日、父親の五十日祭と納骨祭を終えた。小雨が降っていたが、式の間は止んでくれた。

高尾山麓の店で個室を取り、皆とゆっくりと食事をした。皆の顔も明日を見ている感じで明るい。食事が終わった頃、日が射して来た。なんだか一区切りがついた。

中庭では餅つき大会が始まり、離れの部屋まではしゃいだ声が聞こえて来た。

仕事の方はしんどい事が続いているが、私事の方は肩の荷が下りた。

そうこうしている内に、息子は関西の大学に入学が決まり、26日には引っ越しだ。初めての一人暮らしが始まる。娘はとっくに一人暮らしを始めているが、帰路、車でアパートメントまで送った。別れ際に挨拶をされた時、とても不思議な気持になった。

何時の間にか、かみさんとおふくろとの三人住まいになってしまった。

今日はとても天気がいい。午前中に用事を済ませたら、午後からのんびりバイクで出掛けるか。事故だけは気を付けないといけないな。




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それから 2012年03月20日(火)
本日の走行は325Km。昼から銀次郎と益子、笠間と北関東方面に向かった。かみさんと夕食を一緒に取りたかったから、6時半には帰宅した。

久し振りにバイクに乗った。今、気分も体調も申し分ない。ストレスフリーだ。

父親の五十日祭まではバイクに乗るまいと思っていたのだが、その拘りが自分を追い込んでいたようだ。よりによって彼岸の入りに喪中の人間が走りに行くのかとも思ったが、手当をしないと壊れそうな自分がそこにいた。

日曜日に銀次郎のフロントタイヤを交換にショップに寄った。リアタイヤは頻繁に交換するが、フロントタイヤは23,000Km程ほったらかしにしていて丸坊主状態だった。約束だったので、雨の中、交換に出向いたが、出掛ける時、新品のタイヤは滑って危ないよな、特に雨の日は。なんて大袈裟に考える自分がいた。まったくもって僕らしくない。何時の間にか、頭だけで考える僕がいた。ワックス落としにライディングジャケットのポケットにサンドペーパーを忍ばせた僕を工場長が笑っていた。

ショップへの行き帰りは短い距離だったが、銀次郎の鼓動を感じながら、この頃、友達状態にあった胃痛が消えた。

今日も午前中は仕事のメールを見たり、テレビを見たりうだうだしていたのだが、思い切って出掛けることにした。本当は義父の墓参りに、かみさんに同行すべきだったのだが、息子が代わってくれた。
益子、笠間を選んだのは、焼物を見に行こうという理由だったが、正直言えば走れればどこでも良かった。

山手通り 中野長者橋ICから首都高C2に入り、東北自動車道に入る。皮剥きの終わっていないフロントタイヤを気にしながら、JCTの合流では遠慮がちに車体を傾けてみる。銀次郎が、「おい大将どうしたい」と笑いながら問いかけて来た。いや、その。まあ、いいじゃんか。

北関東自動車道への栃木都賀JCTをめざしてスロットルを捻り続ける。気分がとてもいい。まあ、結局、こういう男なんだよ僕は。と言うか、誰が何を言っても、僕は僕でしかないし、誰にも変えられないのだろう。

真岡ICで下りて益子に向かう。益子で「大誠窯」という店に入り、ぐい飲みやら茶碗やら花瓶を見た。店主が話し掛けて来たので、「来週、また、かみさんと車で来ます。バイクだとせっかく買っても割れちゃうかも知れないから。」と饒舌に応対した。本音はかみさんの作った食器の方が遥かにいいよなと思っていた。




益子から笠間までの栃木県 県道1号線線は快走路だ。信号のない緩やかなカーブが笠間まで続いている。道は丘のような低い山々と棚田の中を縫って行く。素晴らしい風景だ。

男にはいつも風が必要だ。

笠間に着いた。益子焼に較べると、笠間焼はちょっと難しい。でも、窯に寄るのは止めた。友部ICから北関東自動車道に入り、常磐自動車道を走る。今日は十分走ったし、かみさんが夕食の支度をして待っている。


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