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ありカドー / 2006年06月01日(木)
フランス語で「贈り物」を意味する「cadeau」(カドー)にはそもそも「言葉を贈る」という意味があったそうです。
これはちょっと素敵な話ですよね。
詩人の大岡 信さんの論文「言葉の力」を読んでそのことを知りました。
例えば恋人同士がどこかへ出かけて、楽しい時間を過ごしている。
目の前には美しい景色が広がっていたとする。
青年が娘に「今日のこの景色を君に贈るよ。」と言ったならば、その風景は娘にとって生涯忘れられない素敵な思い出となるだろう・・・。
また日本でも古くには「短歌」を恋する人に贈るという風習がありました。
贈り物とは言葉であれ、物であれそこに込められた気持ちが大切なのであると。
また本当に伝えたい気持ちは出来るだけ飾り気のない、身近な言葉でしか伝えられないものではないかと。身近な言葉であるからこそ、その言葉が聞く人によって深く読み解かれ、もてあそばれ、心に染み入るように広がりをもっていけるのではないだろうかと。
言葉だけでなく、見るもの、聞こえるもの、考えることすべてがそれぞれ見えないものや聞こえないもの、考えられないことにふれているのではないだろうか・・・というところまで話は広がっていきます。
この論文大好きでたまに読み返しています。

忘れられない言葉の贈り物を私ももらったことがあります。
それは家族に言われたことであったり、友達に言われたことであったり、夫に言われたことであったりしますが、ただその言葉を人に言ったとしても伝わりません。やはりあの時あの状況で言ってくれた言葉だからこそ深く染み入るものだったんだろうなと思います。



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