カワサキのGPZ900Rのメンテナンスやら北海道ツーリング等の旅日記です。ちなみに記載事項は自己責任でヨロシクねん。(*^ー’)b

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6/22 GPZ900R再会  2006年06月22日(木)
■驚愕の事実
えーとっそれではまた、自分のバイクについて書いてきます。 

今までの話は、下記から

その1 GPZ400R購入 
その2 GPZ400R散る! 
その3 GPZ900R購入 
その4 GPZ900R始動! 
その5 GPZ900R永遠に 
その6 GPZ900Rの鼓動 




自らの魂を解き放つのに11年もかかったおいら、時はすでに2003年も半ば
過ぎていました。バイクという乗り物から離れていた時間が長すぎたおいら
さっそくネットや情報誌を見ては最新事情に目を通します。



すると、「ZZR1100」はC型→D型→「ZZR1200」になっていたり。
ホンダからは「CBR1100XX スーパーブラックバード」が出ていたり。
スズキからは「GSX1300 ハヤブサ」が発売されていたりと、

知らない間に、バイクという乗り物はとんでもない化け物に進化しており、
さらには、そんなスーパーバイクに軽々と乗っている女性がいたりと驚愕
の事実を知ったおいらでありました。








時代が変わったようだな!


嬢ちゃんみたいのがリッターバイク乗りとはな。




それと、一番驚いたのは「GPZ900R」がまだ生産されていた事でした。
しかもフロントブレーキは「対向6ポッド」になってたり「前後ラジアル」
になっていたりと、最新型には及ばずとも、しぶとく生き残っている現状
には、遠く離れた所に行った古い友人が今も元気で暮らしているかの様な
懐かしさを感じました。








■出会い
魅力的な最新型バイクの購入を考えなかったわけでは無いのですが、やはり
もう一度バイクに乗りたいと思わせてくれた「GPZ900R」に乗る事に
決めました。

さっそく「GOObike」を購入して、出物を探しに行きます。最低でもA7
以降の逆輸入車に絞って店に行きました。何件か回ったとあるお店に、当時
おいらが泣く泣く手放したのと同じ色のA7を発見!
1週間後には契約をしていました。


また僕は、忍者に乗れる…






こんなうれしいことはない♪






そんなこんなで、また無事に?「GPZ900R」オーナーとなったおいら
でした。現在も元気に走っています。





<教訓>

別れた恋人とはやり直せなくても、別れたバイクとはもう一度やり直せる!


おしまい



 
6/21 GPZ900Rの鼓動  2006年06月22日(木)
■時は流れ…
また、時間が空いてしまいましたが、自分のバイクについて書いてきます。 

今までの話は、下記から

その1 GPZ400R購入 
その2 GPZ400R散る! 
その3 GPZ900R購入 
その4 GPZ900R始動! 
その5 GPZ900R永遠に 




あれからどれくらい経っただろうか…時は流れおいらも社会人となって日々
忙しい毎日を送っていました。
そしていつのまにか、街中を走るバイクも視界に入らなくなっていました。
正確には視界には入っていたのでしょうが、人間とは不思議なもので、興味
関心が薄れたものには、フィルターをかけてしまい記憶に残る事がなかった
のでしょう。



そして人並みに恋愛もして、悲しい別れも経験したおいら


また、大切なものを失ってしまった。」  _| ̄|○ ガクッ


それでも、人は生きていかねばならない…






あなたには守るべき人も守るべきものもないというのに…


―( ̄∇ ̄;)→グサッ!!!






■そして新世紀…
そう時は、すでに21世紀を向かえ、おいらもいい歳になってました。

そしてある時、おいらは夢を見ました。
懐かしい「GPZ900R」に乗って、走っているおいらがいました。
「暖かい光に包まれながら走る」とても不思議な光景で、目覚めた後も
しっかり記憶に残っていました。




※画像はイメージです。


バイクに乗ってみるのもいいかもな…



バイクを降りて、実に11年ぶりの出来事でした。


そして、再びバイクに乗る決心をするのに、時間は必要ありませんでした。




もうちょっと、つづく





 
6/15 GPZ900R永遠に…  2006年06月15日(木)
■若さゆえ…
前回にひきつづき、自分のバイクについて書いてきます。 

今までの話は、下記から

その1 GPZ400R購入 
その2 GPZ400R散る! 
その3 GPZ900R購入 
その4 GPZ900R始動! 




ようやく「限定解除」を果たし、名実ともに「GPZ900R」オーナーと
なったおいら。もう嬉しくてたまりませんでした。


ヒャッホー!


まるで、「○チ○ダさん」と写真を撮る事ができ、飛び上がって喜んでいる
「○ム○」の様でした。



マレーシア仕様のフルパワーの加速力は、中型からステップアップしたおいら
には衝撃的で「信号ダッシュ」で一気に○60km/hに達する実力には、笑いが止
まりませんでした。
また、一度も「ツーリング」に行く事なく、天寿をまっとうした「400R」
とは違い「900R」とは会社の人と「伊豆半島」に行ったり、大阪の知人宅
まで遊びにと、その性能に戸惑いながらも「900R」のある生活を楽しんで
いました。

ですが…



※写真はイメージです。当時のものではありません。




現実は甘くは無かった!


無謀にも80万(月々8万円の10回払い)のローンを組んでしまったおいら…
社会人1年生の初任給の半分以上がローン返済で消え、ガソリン代を捻出する
にも難儀する日々が続きます。

さらに致命的なのが、おいらの家には車が無かった!Σ( ̄ロ ̄lll) 


「おかん」を「900R」に乗せて墓参りに行く姿は、さすがに親不孝もので
あるなと感じ、同時に仕事も忙しくなり、休日に「900R」に乗る機会も減
って行きました。



そして、ついに…



ほんと、好きだったよ。忍者…







購入からわずか半年、走行距離にして5000kmで「900R」との別れでした。
当時の心境たるや「断腸の思い」でありましたが…

「こうする他ないんだ!」と自らに言い聞かせ、決断を下しました。(┬┬_┬┬)


あんなに苦労して手に入れた「限定解除」と「900R」を、こうも簡単に失って
しまい、しばらくは「バイクに乗る」なんて考える事もありませんでした…







どうした、それでお終いか?



まだだ!まだ終わらんよ!!




刻を越えて、つづく




 
6/14 GPZ900R始動!  2006年06月14日(水)
■やっと限定解除…
えーっ、また時間が空いてしまいましたが、自分のバイクについて書いて
きます。 



さて念願の「GPZ900R」を購入したものの、まだ「限定解除」はして
おらず、自宅にはエンジンに火を入れられる事の無い「GPZ900R」が
鎮座しておりました。(ちなみに納車日は、意味も無く1992年2月14日♪)

買ってしまった以上「限定解除」はせねばならぬと、自らを追い込みまさに
「背水の陣」で挑んだのです。


そうこうしている内に、学校も卒業してしまい、社会人1年生になってしま
ったおいら、もう平日に会社を休んで「一発試験」を受ける事などそうそう
できるはずも無いので、これが最後のチャンスと挑んだ「11回目」の試験
でした。

この頃には、最後まで走らせてもらえるぐらいのレベルには到達していたの
ですが、なにかと「確認が悪い」とか「一本橋が早い」等「いちゃもん」を
つけられては不合格となっていました。



今日、決めなくては後が無い…


まるで何かに取り憑かれた表情で、試験に挑んだのであります。



※写真はイメージです。 おいらではありません



一通り無難にコースをクリアして、最後の「一本橋」をわたり終え、試験官
の元に向かいます。


「う〜ん、一本橋が早かったね…」



ちぃーっ、またか!






「まぁ合格ね。気をつけて乗るように。」




えっ本当ですか!







やったー!




やったぞぉー!




エ○ドリ○〜ン!










合格してしまったら、こっちのもんです。さっそく自宅に戻って「GPZ」に火を
入れて、走りに出かけました。


思えば、この頃が一番楽しかったのかもしれません…




一抹の不安を残しつつ、つづく


 
6/8 GPZ900R購入  2006年06月08日(木)
■その後…
昨日にひきつづき、自分のバイクについて書いてみます。 



野次馬の集まる中、救急車で病院に運ばれ、検査を受けたところ打撲のみ
の軽症で済みました。(と言ってもすんごく痛かったっす…(ノ_・。)
病院を出て現場に戻ると、横たわる「GPZ400R」の姿が、フレーム
は曲がり、素人目にも廃車の色が濃厚でありました。

保険の過失割合については、相手が「一時停止」から出てきてバイクの横
に接触した形だった事で「相手100:おいら0」で決着がつきました。
バイクの方は予想通りの廃車となってしまい、購入してから約1年半の付
き合いでしたが、どこかツーリングに行った思い出もないまま、その生涯
に幕を閉じたのです。残念で仕方がありませんでした。

そう…





取り返しのつかないことをしてしまった。


「人はわかりあえる…」 (あえない!)






■転機
しばらくして体の傷も癒えた頃、原付で「限定解除」を受けにいきますが、
相変わらず不合格の日々が続きます。
そして1991年も終わりに近づいた頃…



GPZ900R逆輸入中止!…=( ̄□ ̄;)⇒


の噂が聞こえてきました。ちょうど「A8国内仕様」が販売され、逆輸入車
無くなるなんて話でありました。

慌ててバイク情報誌を見て「マレーシア仕様のA8」を発見するやいなや、
店に行き、後先考えずに購入してしまいました。



※99万エーン!(80万ローン)




えっ「ところで、限定解除はしたのかって?」


いやーっ、まだこれからっす!




やっぱり、つづく…



 
6/7 GPZ400R散る!  2006年06月07日(水)
■試験帰り
ちょっと時間が空いてしまいましたが、自分のバイクについて、つづきを
書いてみます。 



学生生活も最後の年になり、今のうちに「限定解除」をしておこうと試験場
に通い始めました。1991年は教習所で「大型二輪免許」の取得ができなくて
「一発試験」だけでした。
ですから免許も「大型二輪免許」ではなく「自動二輪免許(限定無し)だっ
たわけです。

しかし「一発試験」の基準はとても厳しく、最初の数回はコースすらまとも
に走らせてもらえず、いつも肩をガックシ落として帰る日々が続きました。



そんなある日、確か4回目の「一発試験」の帰りだったと思います。今回も
不合格で「テンション」下がりまくりの「フラストレーション
溜まりまくりの、昼下がり。

その時、前方の一時停止の交差点から、出ようとする一台の移動物体が…




【以降、当時を振り返って(一部妄想あり。)】


「交差点から飛び出す物体があります!」(○ーカー)

「何だ?」(○ラ○ト)

「乗用車のようです。」(○ーカー)

マーチか!」(○ラ○ト)


来させるかぁ!」(○ム○)








ドカ!☆三(`ε´三)














放物線を描いて中を舞う、おいらと「GPZ400R」

その瞬間なぜか不思議なもので「あぁ、あそこに着地するんだなぁ…」
と思いながら、そのまま「ドスッ」とアスファルトに叩き付けられました。


体中を激痛が走り動けませんでしたが、幸い意識はあったような…
駆け寄ってくる「マーチ」のお姉さんは「ドン引き」だったよなぁ…




そうです。ようやくおいら、状況を理解しました。






悲しいけど、これ交通事故なのねぇ


しつこく つづく。




 
5/31 GPZ400R購入  2006年05月31日(水)
■最初のバイク
たまには自分のバイクの事でも書いてみようかと思います。
高校を卒業して免許取得後、初めて買ったバイクがこの「GPZ400R」
です。当時「レーサーレプリカ」全盛期に、カワサキがミドルクラス初の
水冷エンジン搭載モデルとして1985年に市場投入したモデルでした。


初めてのバイクとしてなぜ「GPZ400R」を選んだかと言いますと
当時人気があったというのもありましたが、身長180cmのおいらが乗っ
ても様になるバイクとしてとにかくデカくないといけないというのが条件
だったわけですね。

当時、ホンダのNSRやCBRがとても格好良く見えました。そうですバイク
は格好良いのですが、おいらが乗ると…



いくない!!



そんな中、インターネットの無い時代にしょぼい情報を集めて総合的に
判断して出した結論がこの「GPZ400R」でした。

初めてのバイクでそれは、それは喜んでいたのですが、周りの反応は
イマイチで、イケテないの声が…そうすべてはこのカラーが原因だった
みたいです。



【ポーラホワイト×サンビームレッド】


今から思えば走行5000kmで29万円という条件だけで、妥協して買った
車両でした。やはり本当にほしいバイクを買わなくてはいけないなーと
GPZ900R」への憧れが広がり始め、翌年には「限定解除」を
するべく試験場へ通い始めたのでありました…


つづく