今日、両親を『ダ・ヴィンチ・コード』鑑賞に連れ出しました。
「お父さん映画館入るとスグ寝るよ。いつもそうなんだから」
と予言した母の言葉通り、父は開始10分ほどで睡魔に拉致されていきました…。
んで映画なんだけど、カンヌではイタイ扱いを受けたそうだけど、私は面白かった。もっとダ・ヴィンチが全面的に押し出された作品かと思いきや、そうでもないんだね。私は原作の方を読んでいないので比較も何もできないけど、この作品自体は面白かったと思うんだ。これはいろんなサイトでも明かされている部分だけど、オプス・デイというキリスト教カトリック系の一派が結局悪者扱いされちゃってるんだよね。というか、まぁ踊らされていた…とでもいうか。オプス・デイに属する人たちは磔刑にあったキリストの痛みを忘れない、という意味と、清めや戒の意味で、ムチで自分を打ったり、鎖を体の一部に縛り付けたりという苦行をするらしいのね。仏教でも『喝!』とかってヘラみたいなんで叩く修行とか冷たい水に打たれる修行とかあるけど…。でもやっぱりこの作品を観ての率直な感想は一言で終了する。
「宗教ってこわい」
良い・悪い、ということじゃない。ただ、仏神の名の下に人を殺してしまう。そしてそれを正しい事だと正当化してしまう。罪悪感はない。罪を犯すことだけじゃなくって、「僕はこう思う!」「私はこうしたい!」という個性を無くして“神の御言葉・神の教え”として画一化してしまうところもこわいと思うところ。信じるものは救われるというけど、本当に救われるのだろうか…。作品の中でトム・ハンクス演じるラングドンは「要は何を信じるかだ」というセリフを残します。私もそのセリフに同感。この作品をキリストに対する侮辱だとかなんだとかって批判する人や国は多いけど、果たしてそうなんだろうか…?うーん、私にはよくわからない。キリストに子孫がいて何がいけないのかもよくわかんない。キリスト=神であろうと、キリスト=人であろうと、どんな解釈をしようと、キリストっていう存在がたくさんの人の心を救ったという事実、それだけでいいんじゃないのかな…と思ってしまう。「オマエはキリスト教徒じゃないからそんなこと言えるのだ!」と言われてしまえば、「そうですね」としか言えないんだけどね。。。
この世の中で起こると一番恐ろしいのは宗教戦争だと言われています。確かにそう。信仰の壁は厚く、そして人々の注ぐ熱意は深い。
この作品を観る人は、単なる話題性とかキリスト批判とか、そういう表面的なことだけじゃなくて、なんかもっと根本の部分を考えてもいいんじゃないかなぁ、、、と思いました。
しかーし!映画=エンター
テインメントです。楽しめたか否かで言えば、、、
「断然楽しめた!」です。