1997年、50億の人間が死のウィルスによって死滅し、世界は再び動物の支配する惑星と化す。生き残った人間たちは地上を捨て、地下で暮らすようになる。
----ある精神分裂患者からのインタビューを抜粋。
観る、感じる、ぬる〜いシネマシリーズ。
第二幕目は
【12モンキーズ】 です。
出演:ブルース・ウィリス、ブラッド・ピット、マデリーンストー他
※今回は長いです。ぬる〜く暇な時にでも読んでください。
初めてこの映画を見たのは1995年。前売り券を買ってまで見た作品だった。
この作品を見た人は多分意味不明だった、結局12モンキーズって関係なかった、とか
様ざまな事を言うと思う。僕もそうでした。
しかし、僕はどうしても或る
シコリみたいなものが取れず、見続けてきました。
そして事実は全く意図していなかったものに変わっていったのです。
物語は
らせんと
ループの流れを巧みに使って進行していく。
らせんは時間が進めば絶妙にズレた事実が起こりながら進んでいく。
ループは点と点を結ぶものであった。
過ぎた事実は変わる事がなく、時間の違いで違ったものに見えていくものなのであった。
12モンキーズの12。なぜ12なのか。
12は時計で言うと、始まりの時間であり、また終わりの時間でもある。
それこそがループであり、延々と続くものである。
抜け出せない現実なのである。
そして、キリスト教的思想と、東洋的或いは仏教の思想が度々顔を出す。
これはキリスト教の思想的に神によって時間が作られ、世界が創造され、時が動き出すということと、輪廻転生、曼荼羅などの既に世界と時が動き出し延々と続いていくものという相反れない二つの関係の中で、キリスト教から脱出する考え方や生き方に目覚めよ、抜け出すんだと言っているように思える。
この曼荼羅模様の12モンキーズ。
既成概念を捨てろと言っているのだ。物語中現実か夢か自分が生きている事さえ本当なのか分からなくなる時がある。釈迦が悟りを開こうとして夢幻の旅に出ているような状況。
流されるのではなく、尚且つ現実を見て愕然と憂鬱を味わうでもなく、
自分で考え、自分で確かに誰かを愛していくという作品である。
歴史的にはオウム真理教やバブル崩壊後の不安と混沌、そして阪神大震災の時代だ。
コギャル、援助交際、少年異常殺人、エアマックス狩り、オヤジ狩り、PHS、ATフィールド。
奇しくも、僕はこの1995年に14歳の少年だった。
数限りない種類の人々が小さな小さな誰にも分からない犯罪を犯しそうになった時代だ。
世紀末終末の訪れの話がごった返し、キリスト教色の強いアニメなんかも登場し、
日本はどうにかなっちゃいそうだった。誰を信じればいい。誰を信じたらいいとかね。
通りでは聞いているだけの人、扇動する人、泣いている人、大声を出す人。
実際に僕の街でも様々な人が何かにすがりたい気持ちでただ集まったりしてた。
そんな中、この作品は10年程前のあの忌まわしくもターニングポイントの
”あのニッポン”を思い出させる。
かつてこれだけ繰り返し謎を解くために見た映画は一つもない。
かつてこれだけ繰り返し見る度に謎が新しく生成された映画は一つもない。
すでに見た人もまだ見ていない人もビデオ屋行って彼氏さん彼女さんと謎解きしてください。
きっと、新たな感覚を覚えるはずです。
ロマンありましたかね笑 いやはやお恥ずかしい・・。
最初は多分ですが、なーんだこんなもんかと思うと思いますが、
深いです。情報量が多いんでしょうかね。
是非とも一度観てみて下さい。