とても暑い夏の昼下がりだった。窓をいっぱいに開け、クーラーも扇風機もかけずにいた。シャツが体に張り付いて、首筋から鎖骨にかけて幾筋もの汗が流れていたが、不思議と不快ではなかった。
携帯が鳴った。彼女だった。
「大っきい、お風呂に入りたいの。」
アパートの狭いユニット・バスでは、ユッタリとできないと言うのだ。それならば「近くに銭湯があるので、入りに来ないか」と、言うとすぐに来るという。この暑さである。汗を流せば、サッパリするだろう。
銭湯が開店するのは3時。その少し前に、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると彼女が立っていた。細い肩紐の水色ストライプの
キャミソールに、白のショートパンツ姿で、幅広の麦わら帽子を被っている。そして、“下駄”を履いていた。黒の漆塗りで、紫色の鼻緒がついたその下駄は、数日前に近所のリサイクル・ショップで見つけたのだという。
銭湯までは歩いて10分程度。彼女の下駄のカラン・コロンという音が静かな住宅街に響く。
玉暖簾のかかった古風な玄関口を入ると、昔ながらの“下足入れ”が並んでいた。彼女は「イの1番」に下駄を入れ、自分は「ロの2番」にサンダルを入れた。
「じゃっ、ゆっくりね。」
そう言うと、彼女は「女湯」と書かれた引き戸を開けた。
「男湯」は、一番風呂で誰もいない。タイル張りの白い床に、高い天井の天窓から太陽の光が差し込む。湯船は一人では勿体ないくらい大きいが、お湯は少々熱めだった。
「キャーっ、すごーい。」
隣の女湯も同様に、彼女以外誰もいないらしい。
自分は15分だったが、彼女はたっぷり1時間以上、銭湯を楽しんだ。
火照った体で外に出ると、もう、西の空がかすかに紅く、肌に感じる風も少し涼しい。
アパートに戻ると、前に停めておいたバイクをさして、彼女はこんなことを言った。
「ちょっと、散歩しない。」
キーを部屋から取り出し、ヘルメットも被らず、バイクに乗った。もちろん、彼女も自分もTシャツにショート・パンツ、サンダルに下駄のままだ。
走りだすと、むき出しの腕にも、太腿にも風があたり心地よい。ただ、そんな姿だから、近くの公園までゆっくりと走った。
芝生の茂る広場の脇に、バイクを停め、ベンチに座って冷たい缶コーヒーを飲んだ。気づくと、彼女は“裸足”だった。
「下駄は?」と、聞くと彼女はイタズラっぽい目をして、バイクを指さした。
紫色の鼻緒のついた下駄が、タンデム・ステップに挟まっていた。
その下駄は、前が下がり、後ろが上がっている。まるで、彼女がそこに居るよう見えた。
「ああしておけば、帰る時便利でしょう。」
彼女は、得意げに笑った。
それが、彼女・・・。