−その男は一人、場末の居酒屋のカウンターの隅に、座っていた−
−客は、狭い店内に俺と男だけ−
−安物のウィスキーのソーダ割りを片手に、話かけてきた−
おうっ、若いの、どうだい飲んでるかい。
お前さん、バイクに乗ってんだって。俺もそうさ。
若い頃は、いろいろあるさ。でも、楽しくやろうぜ。
そうだ、面白い話がある。
それを、話てやろう。
もう10年以上前のことだ。
俺は、白川郷(岐阜県)から(国道)156号・158号を経て、飛騨高山に向って走っていた。
えっ、「何で、そんなところを走っていたのか?」って。
あの辺りは、スゲー山ん中でよ“美味しい”ワインディングが一杯だし、そりゃー景色も最高だから、リアにテント積んで走ってたのさ。
その日は、高山辺りで適当にキャンプするかと考えてた。
でもよ、そん時はようトップリ日も暮れて、スッカリ夜道だった。
タヌキかキツネが飛び出してきても、おかしくない道さ。
荘川(しょうかわ)って所を過ぎると、細い登りの山道さ。そろそろ峠のテッペンかなって思った時、いきなりバイクのライトが消えやがった。
ライトだけじゃねえ、エンジンもストップよ。
辺りは真っ暗さ。もちろん“家”なんかありはしない。
こりゃー“ヒューズ”でも飛んだかと、色々見たが分からない。
“押しがけ”しょうとしたが、エンジンのバカは、ウンともスンともいいやしねえ。
どうしたかって?
峠道に入る前にGスタンドがあったから、そこまで戻ることにしたのさ。
幸い、下りだったから重いバイクも押さなくて良かったしな。
でっ、スタンドまで戻って明るいところで見ても、どうにも分からない。
スタンドのオヤジは、
「この辺りに、バイク屋は一軒きりだ。明日、電話してやるよ。」って言って、帰っちまった。俺は、横の駐車場にテントを張って寝たよ。
次の朝、その“一軒きりのバイク屋”が軽トラで来てくれた。
もちろん俺もついてったさ。
バイク屋に着くとな、迎えに来てくれた“若いニイちゃん”のオヤジが飛び出してきて、俺のバイクを“舐めるように”見るのさ。
おカミさん(オヤジの嫁さん、息子の母親)も、出てきて珍しそうな目で見てる。
まあっ、俺のは珍しいよ。色々パーツも、付けてるしな。
そのオヤジが、やっぱ“好き者”でよ「これは、こうだ。」って、俺のバイクをイジクリまわした。
でっ、分かったのはヤッパ電装系さ。部品が一つ“オシャカ”になってた。
息子は、
「今日は、休日だからメーカーが開いてない。発注しても来るのに2・3日かかる。バイクをここに置いて、後で取りにきてくれ。」って言うんだ。
俺は次の日から、どうしても抜けられねえ用事があってよ。
「何とか、これで帰りたいんだ。」って言うと、オヤジの方が俺に向って、
「おまえ、車の運転できるか?」てっ、言うんだ。
軽くうなづいた俺を、軽トラの運転席に押し込むとそのオヤジ、自分は隣に座って走り出した。
「あんた、クルマの運転出来るんだ。」って、感心すんじゃねーよ。
「右だ、左だ。」って、言われるまま着いたの所が“解体屋”さ。
そこのオヤジと、バイク屋のオヤジが何か話してよ。
ボロの車とかバイクが山積みになったところから、
ホンダの何とかって750CCを見つけてよ、そっから部品を外して「これなら使えそうだ。」って、バイク屋に戻った。
戻ると息子が待ち構えてて、オヤジと二人で「ああだ、こうだ。」やりだした。
そりゃー、いいコンビさ。
オシャカになった部品とは少し型が違ってたが、メーカーが一緒でよ、とりあえず付いたよ。
でっ、セルを回すとエンジンは見事にかかったね。
“アイドル”も安定してたし「こりゃー、イケる。」てなもんさ。
まあっ、型が違うからチャントしたのに交換するのが一番だが、走れるようになったのは、スゲー嬉しかったよ。
「修理代は?」て聞くと、「部品代は、“タダ”だから工賃だけだ。」ってオヤジが言ってくれたのも、感動したよ。横でカミさんが、呆れ顔で笑ってたがな。
俺は、丁寧にお礼を言って、無事に帰ってこれたわけさ。
えっ、「そんだけか。」って、「おまえの“ドジ話”じゃないか。」って。
まあっ、聞けや。
それから3年ぐらいした春、俺はどうしてもそのバイク屋に行きたくなった。
チャント“礼”を言いたかったし、オヤジさんや息子やカミさんの顔を見たくなった。
それに、あの荘川ってところには、スゲー“桜の木”があって、満開のところも拝んでおきたかったのさ。
松本(長野県)から(国道)158号に入って、高山を過ぎた。
あの“なつかしい峠”も越えて、もうすぐだって頃によ、あるコーナーで道端にバイクが二台停まってた。
そして男が三人、その側に立ってた。
よく見るとよ、バイクがもう一台コーナーを飛び出して、田圃に横倒しになってた。
「どうした?」って、俺が声をかけると、「砂が浮いてて、滑った。」ってことだった。
道に戻すと、
ヤマハのレプリカ・タイプのヤツでさ、
カウルが少々割れて、高そうな社外品マフラーも一部凹んでたが、エンジンは掛かったよ。
ただ、クラッチ・レバーとチェンジ・ペダルが完全に“イってた”から、長い距離を走るには無理があった。
その三人組、名古屋から来ててよ、俺に「この辺に、バイク屋はないですかね?」って、聞くんだ。こりゃ〜、“シメタ”ってなもんさ。
俺は「ああっ、知ってるよ。これから“いいバイク屋”に行くから付いてきな。」って。
たいした距離じゃなかったから、
ヤマハのヤツも何とかついてきた。
あのバイク屋に着くと、息子が出てきて、修理をしだした。
三人組は、ホッとした顔してたな。
おカミさんも居てよ、「3年前、世話になって・・・。」って話をすると、俺とバイクを見比べて「あっ。」とカミさんが気付いてな。
でもよ、オヤジさんの姿が見えないんだ。
「オヤジさん、元気。」って聞くと、「それがね・・・。」って言うんだ。
オヤジさん・・・、前の年に病気で亡くなったんだと・・・。
俺は土産に持ってきた地酒を仏壇にあげて、手を合わせたよ。
面倒みが良くて、地元のライダーもそうだが、ここで“トラブったヤツ”は皆世話になってたみたいだから、時折俺みたいのが訪ねて来るそうだ。
「泣いてるのか。」って。バカヤロー、この店は“空気が悪い”んだ。
その“バイク屋”、今は“在る”のかって?
・・・いやっ、“知らない”よ。
“相棒”が“また、行きたい”って言ったら、手土産下げてカミさんと息子に会いに行くさ。
もちろん“一人”でな。
車種? ああっ、俺が何に乗ってるのかってことかい。
巷(ちまた)じゃプレミアもんだ。知り合いが“売れば、ひと財産だ”って言うんだが、俺は一生こいつに乗るよ。なんたって「男は、カ○サキ」だからな。
<「道の話をしようと男が言った」。とりあえず今回で“中締め”とさせていただきます。 by 管理人>