錆びつかない魂を、走ることで

 
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道の話をしようと男が言った−番外編 2009年02月03日(火)
−その男は一人、場末の居酒屋のカウンターの隅に、座っていた−
−客は、狭い店内に俺と男だけ−
−安物のウィスキーのソーダ割りを片手に、話かけてきた−

おうっ、若いの、どうだい飲んでるかい。
お前さん、バイクに乗ってんだって。俺もそうさ。
若い頃は、いろいろあるさ。でも、楽しくやろうぜ。
そうだ、こないだ面白いことがあった。
それを、話てやろう。

<こういう“気どった出だし”で、文章を書きたかった>

自分が書いたものについて解説を加えることは、あまりしたくないと考えている。
何となく「言い訳がましく」なるし、読み手の感性に任せて想像を広げて頂いた方が良いと思っているからだ。
ただ今回の場合、第三話に寄せられたコメントに、解説めいた返信をしてしまったので、書いてみようという気になった。

以前、このブログで「普通のツーレポは、書きたくない。」と、大それた事を書いた。何を持って「普通」と言うのか“定義”すら無いのに、まったく思い上がりも甚だしい発言と反省している。むしろ、こういう場で“遊んで”みたいのだ。

人間、違う土地に行けば面白い発見やちょっと普段ではできない体験・事件に遭遇することがある。まだまだ若輩者だか、長年バイクと付き合って来た。ツーリングも結構“こなして”いる。バイクでの旅は、日常では見えない景色を与えてくれる。
今回の「道の話をしよう・・・」は、実際にS氏がバイクに乗って体験した“実話”が元になっている。

第一話「Gasoline Alley」
以前、このライブ・ハウスのすぐ近所に住んでいた。小さな入口が、環七通りに面している。1976年開店の歴史ある店で、ここからプロになったミュージシャンも沢山いる。きくち寛氏、柳ジョージ氏、アルフィー、杉山清貴&オメガトライブ等がここで演奏していたそうだ。S氏も何度か、出入りしたことがある。学生の頃は、コンサートよりライブ・ハウスに行くことが多かった。出演者との距離が近く、生の音楽がプライベート感覚で楽しめたからだ(もちろん出演者にもよるが)。渋谷の「ラ・ママ」「エッグ・マン」、目黒の「鹿鳴館」、新宿の「ルイード」(原宿に移転の時期あり)、吉祥寺「シルバー・エレファント」等々(こうやって並べると、ジャンルにとりとめがない)。出演するミュージシャンのタイプで、お店のカラーが分かる。現在は、トンと足が遠のいている。ちなみにGasoline Alleyで、ZEPのコピー・バンドが演奏することは、まず無いと思う。ラーメン屋も実在で、「塩」は本当に絶品です。

第二話「I want you」
これは、都内某所を走っている時の出来事だ。土曜の早朝のことで、横断歩道を歩いていたのは女性ではなく“酔っ払いのおっさん”。目の前で、バタっと倒れられたら、誰だって歩道まで引っ張っていかないとジャマでしょう。
「何だバカ野郎!」って目で見られて、そのまま歩道に寝転がっていた。夏の初めのころだったので、風邪を引くこともないだろうと、そのままほったらかしにした。

第三話「Old boy,run」
ドカティやモト・グッチィは、S氏の青春時代(?)憧れのバイクでしかなかった。大型二輪は、「限定解除」という難関をクリアしなければならなかったし、輸入外車自体、高価なしろものだった。その中でもドカは、最高の位置にあった。レーサー然としたフル・カウルはイタリアン・レッドに塗られ、Vツイン・デスモの排気音に痺れた。この話のMH(マイク・ヘルウッド)レプリカに出合ったのは最近のことだ。都内近郊を走っているとき、スッと横に現れた。ただし、ナンバーは「神戸」でも無かったし、“爺さん”がランディングしていたわけではない。一人でアテも無く走っていると、横に並んだバイクが何処に行くのか気になる。ましてや長い時間、同じ道を「前になり、後ろになり」走っていると親近感のようなものが沸いてくる。その気持ちを書きたかった。

第四話「In The rain」、第五話「Cherry“SAKURA”」
この二つの話は、ほぼ8割“実話”である。第四話で登場する“オフ車野郎”“CB野郎”は、実際にS氏がツーリングの途中に出合った人物である。CB氏の家は、大洗海岸の側にあり、一宿一飯のお世話になった。互いに名乗ることはしなかったが、忘れられない出来事である。
「Cherry“SAKURA”」も同様で、ロング・ツーリングに出た際の話。白川郷の合掌造り家屋(現在は世界遺産)が見たくて、その帰りの事だ。後日談も事実で、コーナーで飛んでた三人組からは、その後写真とともにお礼の手紙を頂いた。荘川町(当時は荘川村。現在は、高山市)には樹齢500年と言われる「荘川桜」という巨木がある。また、この桜がある御母衣ダムは、日本で第四位の貯水量を誇る巨大なもの。なんといっても、ダムの壁面がコンクリートではなくロックフィル形式(岩石を組み上げ、泥と砂・石で固める)であるので、荒々しい姿が印象的だった。今回、書く前に現在も“だだ一軒のバイク屋”が現在も営業中か調べてみた(オヤジさんから、ご丁寧に名刺を頂いていたので名前は分かっていた)。HPを持っておられ、バイク屋ではなく別の業態で営業されているらしい。
当時の店舗では、バイクの他に農業機械等も扱っておられた。こう言っては失礼かもしれないが、住民の少ない地域でバイク販売のみでは辛いものがあるに違いない。息子さんの代になって、商売の幅を広げたのは当然と考える。ただ嬉しいことに、HPのリンク集にはバイク関連が複数あった。機会があったら、もう一度行ってみたい所である。

さて、当然お気づきと思うが「男」が乗るバイクは、KAWASAKI Z900RS通称「Z1」にした。750RS(Z2)とともに、憧れのバイクであったことは言うまでもない。



<“火の玉タンク”の画像が無かったので・・・ファンの方、すいません>



道の話をしようと男が言ったD−Cherry“SAKURA” 2009年02月02日(月)
−その男は一人、場末の居酒屋のカウンターの隅に、座っていた−
−客は、狭い店内に俺と男だけ−
−安物のウィスキーのソーダ割りを片手に、話かけてきた−

おうっ、若いの、どうだい飲んでるかい。
お前さん、バイクに乗ってんだって。俺もそうさ。
若い頃は、いろいろあるさ。でも、楽しくやろうぜ。
そうだ、面白い話がある。
それを、話てやろう。

もう10年以上前のことだ。
俺は、白川郷(岐阜県)から(国道)156号・158号を経て、飛騨高山に向って走っていた。
えっ、「何で、そんなところを走っていたのか?」って。
あの辺りは、スゲー山ん中でよ“美味しい”ワインディングが一杯だし、そりゃー景色も最高だから、リアにテント積んで走ってたのさ。
その日は、高山辺りで適当にキャンプするかと考えてた。
でもよ、そん時はようトップリ日も暮れて、スッカリ夜道だった。
タヌキかキツネが飛び出してきても、おかしくない道さ。

荘川(しょうかわ)って所を過ぎると、細い登りの山道さ。そろそろ峠のテッペンかなって思った時、いきなりバイクのライトが消えやがった。
ライトだけじゃねえ、エンジンもストップよ。
辺りは真っ暗さ。もちろん“家”なんかありはしない。
こりゃー“ヒューズ”でも飛んだかと、色々見たが分からない。
“押しがけ”しょうとしたが、エンジンのバカは、ウンともスンともいいやしねえ。
どうしたかって?
峠道に入る前にGスタンドがあったから、そこまで戻ることにしたのさ。
幸い、下りだったから重いバイクも押さなくて良かったしな。

でっ、スタンドまで戻って明るいところで見ても、どうにも分からない。
スタンドのオヤジは、
「この辺りに、バイク屋は一軒きりだ。明日、電話してやるよ。」って言って、帰っちまった。俺は、横の駐車場にテントを張って寝たよ。

次の朝、その“一軒きりのバイク屋”が軽トラで来てくれた。
もちろん俺もついてったさ。
バイク屋に着くとな、迎えに来てくれた“若いニイちゃん”のオヤジが飛び出してきて、俺のバイクを“舐めるように”見るのさ。
おカミさん(オヤジの嫁さん、息子の母親)も、出てきて珍しそうな目で見てる。
まあっ、俺のは珍しいよ。色々パーツも、付けてるしな。
そのオヤジが、やっぱ“好き者”でよ「これは、こうだ。」って、俺のバイクをイジクリまわした。
でっ、分かったのはヤッパ電装系さ。部品が一つ“オシャカ”になってた。
息子は、
「今日は、休日だからメーカーが開いてない。発注しても来るのに2・3日かかる。バイクをここに置いて、後で取りにきてくれ。」って言うんだ。
俺は次の日から、どうしても抜けられねえ用事があってよ。
「何とか、これで帰りたいんだ。」って言うと、オヤジの方が俺に向って、
「おまえ、車の運転できるか?」てっ、言うんだ。
軽くうなづいた俺を、軽トラの運転席に押し込むとそのオヤジ、自分は隣に座って走り出した。
「あんた、クルマの運転出来るんだ。」って、感心すんじゃねーよ。

「右だ、左だ。」って、言われるまま着いたの所が“解体屋”さ。
そこのオヤジと、バイク屋のオヤジが何か話してよ。
ボロの車とかバイクが山積みになったところから、ホンダの何とかって750CCを見つけてよ、そっから部品を外して「これなら使えそうだ。」って、バイク屋に戻った。
戻ると息子が待ち構えてて、オヤジと二人で「ああだ、こうだ。」やりだした。
そりゃー、いいコンビさ。
オシャカになった部品とは少し型が違ってたが、メーカーが一緒でよ、とりあえず付いたよ。
でっ、セルを回すとエンジンは見事にかかったね。
“アイドル”も安定してたし「こりゃー、イケる。」てなもんさ。
まあっ、型が違うからチャントしたのに交換するのが一番だが、走れるようになったのは、スゲー嬉しかったよ。
「修理代は?」て聞くと、「部品代は、“タダ”だから工賃だけだ。」ってオヤジが言ってくれたのも、感動したよ。横でカミさんが、呆れ顔で笑ってたがな。
俺は、丁寧にお礼を言って、無事に帰ってこれたわけさ。
えっ、「そんだけか。」って、「おまえの“ドジ話”じゃないか。」って。
まあっ、聞けや。

それから3年ぐらいした春、俺はどうしてもそのバイク屋に行きたくなった。
チャント“礼”を言いたかったし、オヤジさんや息子やカミさんの顔を見たくなった。
それに、あの荘川ってところには、スゲー“桜の木”があって、満開のところも拝んでおきたかったのさ。



松本(長野県)から(国道)158号に入って、高山を過ぎた。
あの“なつかしい峠”も越えて、もうすぐだって頃によ、あるコーナーで道端にバイクが二台停まってた。
そして男が三人、その側に立ってた。
よく見るとよ、バイクがもう一台コーナーを飛び出して、田圃に横倒しになってた。
「どうした?」って、俺が声をかけると、「砂が浮いてて、滑った。」ってことだった。
道に戻すと、ヤマハのレプリカ・タイプのヤツでさ、
カウルが少々割れて、高そうな社外品マフラーも一部凹んでたが、エンジンは掛かったよ。
ただ、クラッチ・レバーとチェンジ・ペダルが完全に“イってた”から、長い距離を走るには無理があった。
その三人組、名古屋から来ててよ、俺に「この辺に、バイク屋はないですかね?」って、聞くんだ。こりゃ〜、“シメタ”ってなもんさ。
俺は「ああっ、知ってるよ。これから“いいバイク屋”に行くから付いてきな。」って。
たいした距離じゃなかったから、ヤマハのヤツも何とかついてきた。

あのバイク屋に着くと、息子が出てきて、修理をしだした。
三人組は、ホッとした顔してたな。
おカミさんも居てよ、「3年前、世話になって・・・。」って話をすると、俺とバイクを見比べて「あっ。」とカミさんが気付いてな。
でもよ、オヤジさんの姿が見えないんだ。
「オヤジさん、元気。」って聞くと、「それがね・・・。」って言うんだ。

オヤジさん・・・、前の年に病気で亡くなったんだと・・・。

俺は土産に持ってきた地酒を仏壇にあげて、手を合わせたよ。

面倒みが良くて、地元のライダーもそうだが、ここで“トラブったヤツ”は皆世話になってたみたいだから、時折俺みたいのが訪ねて来るそうだ。


「泣いてるのか。」って。バカヤロー、この店は“空気が悪い”んだ。

その“バイク屋”、今は“在る”のかって?

・・・いやっ、“知らない”よ。

“相棒”が“また、行きたい”って言ったら、手土産下げてカミさんと息子に会いに行くさ。

もちろん“一人”でな。

車種? ああっ、俺が何に乗ってるのかってことかい。
巷(ちまた)じゃプレミアもんだ。知り合いが“売れば、ひと財産だ”って言うんだが、俺は一生こいつに乗るよ。なんたって「男は、カ○サキ」だからな。






<「道の話をしようと男が言った」。とりあえず今回で“中締め”とさせていただきます。 by 管理人>



道の話をしようと男が言ったC−In the rain 2009年01月29日(木)
−その男は一人、場末の居酒屋のカウンターの隅に、座っていた−
−客は、狭い店内に俺と男だけ−
−安物のウィスキーのソーダ割りを片手に、話かけてきた−

おうっ、若いの、どうだい飲んでるかい。
お前さん、バイクに乗ってんだって。俺もそうさ。
若い頃は、いろいろあるさ。でも、楽しくやろうぜ。
そうだ、こないだ面白いことがあった。
それを、話てやろう。

その日は夏の終わりで、仕事が休みでよ、古い付き合いの“ダチ”が結婚したって言うんで、“祝い”でもやろうかと会いに行ったのさ。
えっ、“あんた、まともに仕事してるのか”って、
バカヤロー、俺だって食ってかなきゃならないし、バイクを転がすには金がかかるだろ。

そいつは、仙台(宮城県)に住んでてな、朝から高速(東北道)を飛ばしたのさ。
昼前には着いてよ、飯をご馳走になってバカ話して、いゃ〜っ、いい嫁さんだったよ。
「泊まってけ」って言ったんだが、俺はそんな“ヤボ”じゃないから、帰ることにしたのさ。
帰りも高速(東北道)を走ったんだが、白河(福島県)あたりから雲行きが怪しくなって、那須(栃木県)を越えたら、本降りになりやがった。
夕立の激しいやつで、少しぐらいなら俺も諦めたんだが、
スゲー降りでよ、しまいにはリアがズルズル滑りだした。
ヤバイと思って矢板で高速を下りて、(国道)4号に出たのさ。
下道でも“降り”収まらず、革ジャンもジーンズもズブ濡れ。
ブーツの底から水が沁みて、グズグズいいやがる。
えっ「カッパは、着ないのか?」って。バカ、俺がそんな“ダサイ”男に見えるか。

まあっ、そんな俺でもとうとう我慢できなくてよ、小山(栃木県)の手前で“無人のドライブ・イン”にバイクを停めたのさ。
おめーっ、“無人ドライブ・イン”って知ってるか?
広い駐車場に小せえ建物があって、中には自動販売機が並んでるだけのドライブ・インさ。
小汚ねえ、壊れかけの椅子とテーブルが置いてあるだけ。
誰もいねえし薄暗いが、夜中も四六時中やってるから、これはこれで“使える”ところさ。
コンビニじゃないのかって?
そんな“洒落た”もんじゃねえよ。今時でも、“たまに”あるのさ。
今は便利でよ、さすがに酒は置いてないが、誰もいなくても腹が減ったらそれなりにいろんな物も食えるしな、トラックの運ちゃんなんかがやってくるから、退屈しのぎには調度いい。

でなっ、俺が雨をやり過ごそうと、そこで煙草をふかしてたらよ、バイクが一台来やがった。
考えることは、誰でも同じさ。
そいつは、ホンダのオフ車に乗っててな、たいそう話好きなやつだった。
そいつとしばらく話してたら、また一台現れた。今度もホンダで、CBだった。
CBの750Fさ。
モリワキのショート管をぶち込んでて、いい音してたが、青銀の車体は雨に濡れてたよ。
そいつの身体もズブズブで、汚ったねえテーブルで、男三人がバカ話さ。
何を話してたかって?
まあっ、バイクとか、女とか、イヤな車とか色々さ。オフ者野郎も、CBもいいヤツだってことは話てて分かったよ。
気が付くと雨で暗い空が、夕方を過ぎて本当に暗くなっていた。
でなっ、CBの野郎が、言うんだ。
「俺ん家が“近く”だから、今日は泊まりにこないか。」ってな。
俺は“ふたつ返事”でOKよ。こいつとなら、一晩でも話せると思ったからな。
オフ車は「明日、仕事がどうの」とかいってたが、まあっ結局ヤツも世話になることにした。
調度、雨も小降りになったしな。



CBを“頭”に、俺達はついて行った。
(国道)4号をしばらく走って、(国道)50号に入ると雨もスッカリあがってな、暗い空の切れ間から星も顔を出したよ。
その辺りの50号は暗い道でよ、街を外れると周りは田圃だ。
外灯なんか少なくて、細かい虫がバイクのライトにつられて突っ込んできやがる。
メットのシールドが、潰れた虫だらけになっちまう。
笠間を過ぎても、ヤツは走る。とうとう水戸(茨城県)だ。水戸も過ぎて、着いたところが大洗さ。
結局2時間くらい走ったかな。確かに“コリャー、近い”と、笑ったよ。

でっけえ神社の鳥居の側、すぐ海の近くにCB野郎の家があったよ。
まあっ、小さいが普通の家さ。そこのガレージ(あれは、納屋だな)にバイクを入れて、家に入るとCBのカミさんがいたよ。
でっ、そのカミさん俺達を見ると、「ああっ」って顔をするんだ。
CB野郎は、「酒だ、食いものだ」って、いい調子さ。
カミさんも、イヤな顔ひとつ見せず料理を運んでくるし、酒もタンマリさ。
CBの家は、両隣何も無くてな、騒いだって誰の迷惑にもならないのさ。
結局、四人で朝まで飲んだよ。

次の日、昼頃だったかな、狭い部屋で目が覚めるとオフ車野郎とカミさんはいなくて、俺の横でCBがイビキをかいてた。
便所に立ったら、別の部屋にカミさんがいて、飯を用意してた。
「昨晩(きのう)は、スッカリ世話になって」って言うと、
「イヤイヤ・・・」てなもんさ。
オフ車野郎は、「仕事がある」とかで、朝早々出たそうだ。
CBは、まだ起きてこない。
カミさんと飯を食いながら、変な感じだったが、そこで言うんだよ、

「これね、あの人の趣味みたいなもんなんですよ。」

「バイクでフラっと出て行って、同じバイクの人を家に連れてくる。最初は、私も知らない人を家に上げるなんてイヤだったんですけど、あの人が“バイク乗りに悪いヤツはいない”って怒るんです。」

「私も、もう“慣れたし”、最近はね“楽しい”って思うようになったんです。」

カミさんも俺も、声を上げて笑ったよ。
飯と味噌汁の簡単な食事だったが、最高に美味かったよ。
俺は丁寧にお礼を言って、家を出たさ。そん時もCB野郎は、まだ寝てたがね。

その“CB野郎とカミさん”が、今どうしてるか“知ってる”かって?

もちろん知ってるさ。この間も“相棒”が“ヤツに会いたい”って言うから、美味い酒を手土産に顔を見に行ったよ。

もちろん“一人”でな。

車種? ああっ、俺が何に乗ってるのかってことかい。
今は、ホンダでもヤマハでもスズキでもないな。
CBと同じ4発のやつさ。
昔は“最速”って言われたんだぜ。


道の話をしようと男が言ったB−Old boy,run  2009年01月24日(土)
その男は一人、場末の居酒屋のカウンターの隅に、座っていた−
−客は、狭い店内に俺と男だけ−
−安物のウィスキーのソーダ割りを片手に、話かけてきた−

おうっ、若いの、どうだい飲んでるかい。
お前さん、バイクに乗ってんだって。俺もそうさ。
若い頃は、いろいろあるさ。でも、楽しくやろうぜ。
そうだ、こないだ面白いことがあった。
それを、話てやろう。

この間の休みの日のことさ。
俺は、青山通りから玉川通り(国道246号線)を走っていたんだ。
渋谷を抜けて三軒茶屋の手前、何とかって女子大の前の信号でとまったんだ。
そしたら、俺の横に少し古めの“ドカ”が並んだのさ。
えっ、“ドカ”って何かって?
ドカティだよ。イタリアのバイクさ。
真っ赤な車体に緑のストライプの入った、フル・カウルのバイク。
いわゆる900SS HM(マイク・ヘルウッド)レプリカって、やつさ。
アイドリングでも、デスモ・ツインの良い音が鳴っててな、車体はピカピカだったよ。
こりゃ〜珍しいと思って、乗ってるやつを見て少し驚いた。
上下黒の革ツナギを着て、ブーツも黒。グラブは、ベージュのショート・タイプ。
ヘルメットはクロムウェルのお椀タイプに、革のゴーグル姿が違和感なくてな、そいつの顔を見ると、口髭が真っ白の“爺さま”なんだ。
顔なんかシワクチャでよ、よく見ると身体だってキャシャだった。
あんなんで、バイクを支えられるものかと思うくらいさ。
そしてな、バイクに乗る“爺さま”を見たことがないわけじゃが、その姿が無償にカッコいいんだ。
俺も、もういい歳だが、あんな“爺さま”になら、なってもいいかなと思わせる姿だったよ。
でっ、ナンバー・プレートを見たらよ、これが「神戸ナンバー」なんだ。
えっ、神戸から来たのかって?
そんなのは、知らねーよ。



信号が変ったら、猛然とダッシュするんだ。あの当時のドカの音が、辺りに響く。
これがいい。
歩道を歩くやつらは、何事かって顔をするのが、おかしいのさ。
この“爺さま”、速い、速い。しかも、車の間をヒラヒラと泳ぐように走っていく。
チョット“気を抜いたら”、間違いなく置いてかれる走りをするのさ。

駒沢を過ぎたあたりで、また信号で並んだら、その“爺さま”、俺に話かけてきて、こう言うんだ。
「東名(高速道路)の入口は、どっちかね?」
ああっ「やっぱり」と、俺は思って、この先環八とぶつかるから、そこを右に行けばいいって教えてやったんだ。
“爺さま”は、ペコリと頭を下げてニッと笑うと、また走り出した。
俺は、そこで「あっ」と思ったのさ。
お前も知ってるだろうが、砧の交差点はアンダー・パスがあって、右折するには左の側道を行かなきゃならねえ。
俺は、それを教えたくて後を追っかけたが、案の定、そんなことを知らない“爺さま”は
側道に入らず、アンダー・パスをくぐって行っちまった。
そのまま、多摩川を渡って行く。
俺は、その先のどっかで停まるかと思ったんだが、多摩川から先の川崎もオーバー・パスで流れているし、このあたりの(国道)246は、車線の広く真っ直ぐだから、信号にも捕まらないんだ。
“爺さま”は、いい調子で走っていく。

えっ、“教えなくてもいいんじゃない”かって?
バカヤロー
俺の言葉が足りなくて、相手に迷惑かけてんだから、言ってやるのが“スジ”だろう。
それに、“爺さま”だろうが、なんだろうがバイクに乗ってりゃ皆仲間さ。
仲間は大事にするものさ。

でな、俺がついてきているのは、知ってるだろうがタイミングが合わない。
停まって教えてやろうにも話ができないし、車が間に入って、届かない。
気が付きゃ厚木の近くになって、標識には「東名厚木入口」の表示も見えて来た。
こりゃあ「しめた」と思ったが、
でも、なぜかその“爺さま”それが見えてないのか、ひたすら246を走るんだ。
まあっ、天気も良くてよ、ツーリング気分で走るには最高だったさ。
俺も、なんか楽しくなっちまって、“爺さま”の後ろをついて行ったよ。
なあっ、そんな時ってあるだろう。
知らないバイクと信号で並ぶ、最初は競うように走るが、そのうちリズムが合ってきて
走るのが楽しくなる。
そのうち相手がどこに行くか分からないが、ずっと自分と同じ道を走ってて欲しいと思うようになるのさ。

秦野中井、大井松田を過ぎて、とうとう御殿場さ。
富士山が見え隠れするころ、ようやく信号で並んだよ。そしたら“爺さま”、俺に向って言ったんだ。
「この道は、どこまで続くかね?」
俺は、答えたよ、
「この先は、三島さ。海が見えるよ。」
「そうかい、そいつはいい。」

“爺さま”は、三島で(国道)1号にぶつかると、右に曲がって行った。
俺か?俺は、腹が減ったから、左に行ったよ。三島に美味い魚を食わせる店を知ってたからな。

別れ際、互いにホーンを鳴らして、それっきりさ。

その“爺さま”が、今どうしてるか“知ってる”かって?

・・・いやっ、“知らない”よ。

“爺さま”と分かれた後、“相棒”が“もっと走ろうぜ”って言うから、箱根に連れてってやったよ。

もちろん“一人”でな。

車種? ああっ、俺が何に乗ってるのかってことかい。
今は、Z(ゼット)が頭に着くやつさ。Zは“一番”にこした事はないのは、お前も知ってるだろう。


道の話をしようと男が言ったA−I want you 2009年01月16日(金)
−その男は一人、場末の居酒屋のカウンターの隅に、座っていた−
−客は、狭い店内に俺と男だけ−
−安物のウィスキーのソーダ割りを片手に、話かけてきた−

おうっ、若いの、どうだい飲んでるかい。
お前さん、バイクに乗ってんだって。俺もそうさ。
若い頃は、いろいろあるさ。でも、楽しくやろうぜ。
そうだ、こないだ面白いことがあった。
それを、話てやろう。

都内に環状線てのがあるだろう。都内をグルリと取り囲んでいる道だよ。
一番内側、つまり東京湾に近いところに明治通り。
その次が山手通り(環6)、次が環7、そして最も外側が環8だ。
俺が、まだ朝の暗い時間、その環8をバイクで“流してた”時のことさ。

何でそんなところを走っていたかって?
そん時は休日でよ、暇だったこともあるが、普段は車も多くて所々渋滞もするが、休みだとメッキリ少なくなって走りやすいだろ。
ガランとして道を、一人で走るのも気持ちが良いものさ。
それに、環状線は気が向けば、いろんなところに足を伸ばせるしな。
まあっ、全く“あて”が無かったのも事実さ。

それで、都内の端っこに“高島平”ってところがあるだろう。
すぐ隣は、荒川を挟んで埼玉になるところで、おっきな団地だのマンションだのが建っているところさ。
高い建物が多いから、昔はここから“ダイブ”するやつがいたらしい。
まあっ、朝や夜中は車もトコトン少なくて、道は広いし比較的真っ直ぐだから、
シグ○○GPとか、ゼロ○○とかやってた時代もあったよ。
懐かしい話さ。



でな、俺がここで信号に捕まって停まってた時のことさ。
朝が早いから、人っ子一人歩いてないし、車も走ってない。
横断歩道を右から若い女が歩いて来たのさ。
その女、良く見るとまともに真っ直ぐ歩けないのか、フラフラしてるんだ。
しまいには、俺の目の前で倒れちまった。
「こりゃ〜あ、大変だ。」と思って、バイクを横に停めて、女を歩道まで引いていった。
えっ、死んだのかって?
まあっ、聞け。

死んじゃいないさ。女は、すごく酔っぱらっていたのさ。
歩道に連れてくる間も、プンプン酒の臭いがしやがった。
でっ、その女、結構いい女でな。髪が長くて、切れ長な目に鼻筋がピンんと通って、下の唇が少々厚く、色っぽい。スタイルも良くて、胸もデカかった。
すぐに気が付いて、俺に向って分けのわからないことを言い出したんだ。
「バカヤロー」とか、「死んでやる」とか、ナントかって男の名前も言ってたな。
それは“元気”なもんさ。
周りに誰もいなかったからいいが、人がいたら集まってくるような大声で喚くんだ。
そしてよ、俺のバイクを見て
「それは、あんたのバイクか?」「それは、何ccだ?」「速いのか?」って聞いてくる。
しまいには「バイクに乗せろ」って、言い出すんだ。
こんな、酔っぱらった女をケツに乗せたくは無かったが、あんまりシツコイんで、「チョット、だけだぞ。」って言って、俺の“メット”を被せ、乗せてやったんだ。

走り出すと、ギャアギャア騒いでよ、
「ワーッ」だの、「キャーっ」だの、
「速〜い」「落ちる〜」「怖い〜」だの言い出したんだが、その内俺の背中に、大っきな胸を押し付けて、おとなしくなった。
風の音で、よく聞こえなかったが、・・・泣いてたよ。

しばらく、そんなんで走って、「広い所が、良い」って言うから、荒川の土手っぷちにバイクを停めたのさ。
川風が、気持ちよくてよ、朝日が真横からさすんだ。川面がキラキラしてたよ。
都会なのにすごく綺麗でな、
そんな景色を見てたら、女は、何かスッキリしたらしく、俺を見て笑ったのさ。
煙草を一本喫ったところで、女は「もとの場所に、帰りたい」って言うから、さっきの信号のところまで、引き返したよ。

女がバイクを降りて、俺に“メット”を返す時、
「ありがとう」って、小声で言いやがった。そして、スタスタ歩いて、どっかに行っちまった。

その若い女が、今どうしてるか“知ってる”かって?

・・・いやっ、“知らない”よ。

女が行った後、“相棒”が“物足りなさそう”なんで、その日は夜まで走っていたのさ。

もちろん“一人”でな。

車種? ああっ、俺が何に乗ってるのかってことかい。
今はタンクが“火の玉”のヤツさ。“火の玉”知ってるかい。・・・750(ナナハン)じゃねえよ。



道の話をしようと男が言った@−Gasoline Alley 2009年01月09日(金)
−その男は一人、場末の居酒屋のカウンターの隅に、座っていた−
−客は、狭い店内に俺と男だけ−
−安物のウィスキーのソーダ割りを片手に、話かけてきた−


おうっ、若いの、どうだい飲んでるかい。
お前さん、バイクに乗ってんだって。俺もそうさ。
若い頃は、いろいろあるさ。でも、楽しくやろうぜ。
そうだ、こないだ面白いことがあった。
それを、話てやろう。

玉川通り(国道246号線)と環七(環状7号線)が交差する近くに、「Gasoline Alley(ガソリン・アレイ)」っていうライブハウスがあるの、知ってるかい。
「Gasoline Alley(ガソリン・アレイ)」ってのは、イギリスのRod・Stewartってヤツのアルバムの名前さ。
昔は、「I‘m Sexy」とか「Sailing」とかヒット曲があってな、ヤツは、いまどうしているかね。



そこは暗くて小さい店で、でも、なんか居心地が良くてよ、昔は良く行ってたのさ。
でもな、最近はトントご無沙汰だった。
この間の夜は月が綺麗で、プラッと走りに出て、前を通ったら入口から音が漏れてて、まだやってんだ、てなもんさ。
ZEP(Led Zeppelin)の「Whole Lotta Love(胸いっぱいの愛を)」が聞こえてよ。
もちろんコピーで、ボーカルは×(ペケ)だったが、ギターはいい音してたよ。
なつかしくて、バイクを停めて聞いてたのさ。
なんで、中に入らなかったのかって?
まあっ、聞け。

もう、20年以上前かな。
俺のダチがZEPの大ファンで、ペイジを真似して本物のレス・ポールまで買いやがった。
あっ、ペイジてのはJimmy Page、ZEPのギタリストさ。
そいつが、やっぱ昔ここでZEPのコピーをやってて、俺に来いと言うので、なじみの女と聞きに行ったのさ。

どんな女か?俺が付き合ってた女さ。
バイクの後ろに乗せて、あっちこっち走りに行ったよ。
髪が長くて、小柄で折れそうに細い体してるのに、胸だけはでかくてよ。あいつは、バイクに乗るとうれしそうに俺に抱きついてきて、背中に感じるのさ、おっきな“ふくらみ”を。
いい女で、もちろん俺も惚れてたよ。
そん時もバイクでな、行ったんだ。

ヤツは、上手かったよ。「Black Dog(ブラック・ドック)」も「Rock and Roll(ロックン・ロール)」も、「Heartbreaker(ハート・ブレイカー)」なんてシビレたね。
ヤツが「俺のダチだ」と女に自慢したら、女は興奮して「会わせろ」と言うのさ。
俺達は楽屋でヤツに会うと、そのまま飲みに行った。
そしたらいつの間にか、ヤツと女が居なくなったんだ。
翌日、女から電話がかかってきてよ、もう俺とは会わないと言うんだ。
何故かと聞くと、女はシブシブ言ったよ。
「あんたの汚いバイクの後ろに乗るより、ギター弾いてるあの人のほうがカッコいい。」てね。
酒の残った頭がガンガンして、俺は頭にきて「バカヤロー、勝手にしろ。」て、怒鳴ったのさ。
女とヤツがその後どうなったか、俺は知らないよ。
ヤツとも、それっきり。・・・“苦い思い出”ってやつさ。
だから、俺は店の中に入りたくないのさ。



でな、曲が終わったら、腹が減ってよ、近くに美味いラーメン屋があるの思い出して、バイクをそこまで押したのさ。
なぁ〜に、すぐ近くで美人の“おカミ”がやってる。ここの塩(ラーメン)は絶品だぜ。

客は俺一人でさ、注文して待ってたら、若いカップルが入ってきたんだ。
隣の席に、女は俺に背を向けて座り、男は向かい側。
つまり、俺は女の背中越しに男を見ていたわけだ。
二人は座るなり、話始めたのさ。
どうやら、“さっきのライブ”から“流れて”来たらしく、女の方は興奮して話てたよ。
狭い店だからさ、話声なんか“筒抜け”よ。
でっ、その女は「ギターが、凄い。」を連発するのさ。
どうやらライブに誘ったのは、女の方らしいことが分かったよ。
「音楽やる人は素敵だ、素晴らしい。」って興奮してるんだが、男の方は「うん、うん。」て感じで、どっか上の空だった。
女の方は、どんどんギターやらドラムやら、ボーカルのスタイルやら“音”のことを話しだす。
やっと男が口を開いて、話題を変えようと「週末は、海でも行こうか。」なんて言ってたが、全然ダメさ。
そのうち、「付き合うなら、あんな人がいい。」なんて言い出すんだ。
なんでも、自分の父親も昔バンドをやってて、母親と出合ったのがあのガソリン・アレイだって言うんだ。

俺は、ラーメン食いながら黙って聞いてたよ。

食い終わって、勘定を済ませ、店を出る時、若い女の顔を見たらよ、何か見覚えのある顔で、なつかしくなったよ。

その若い、女を知ってるのかって?

・・・いやっ、“知らない”よ。

俺が店を出ると、前に停めた“相棒”が寂しそうなんで、その晩は朝まで走っていたのさ。

もちろん“一人”でな。

車種? ああっ、俺が何に乗ってるかってことかい。

今は明石のヤツさ。明石、知ってるかい。・・・神戸の近くさ。