クルマはWRX STIにに乗っています
旅をすることが趣味なうめきちの
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常磐線広野駅(その2) 2012年03月31日(土)
広野駅は地元住民の大事な足として利用されていたようです。



駅前には大きな屋根付き駐輪場が整備されているほか
奥には大きな駐車場もありました。

しかし現在駐輪されている自転車はまばらです。
よく見ると中学、高校のステッカーが貼られていますので
学生が駅まで乗って利用しているのでしょうか。



この自転車は転倒してからかなり時間が経過しているようです。




ほとんどの自転車のタイヤの空気はこのように抜けていました。

おそらく1年前のあの日からここに放置されたままなのでしょう。


常磐線広野駅(その1) 2012年03月29日(木)
常磐線の現在の終着駅である広野駅です。



小さく白くて風格のある木造駅舎が出迎えてくれました。

通常時は仙台行き特急スーパーひたちが一部停車停車する
駅だったようですが、静かな典型的ローカル駅です。

ここから先は警戒区域ですから常磐線の運転もここまで。
列車の本数も2時間に1本程度のローカル線なみの運行。



駅前に掲げられた鉄道利用促進の看板がむなしく思えます。

この駅に再び特急が来ることはあるのでしょうか?


福島原発警戒区域 2012年03月27日(火)
常磐道広野ICで強制的に全車が降ろされて
国道6号をほんの数分走ると・・・・




天下のヒトケタ国道である6号線は広野町で寸断されています。
関係車両以外は中に進入することはできません。

もう1年以上も封鎖されているワケですから道路には
警察詰所のプレハブも立派です。

この時は岡山県警の警察官が警備していました。

交通違反でセコく金稼ぎしている警察官にはムチャ腹が立ちますが
このように災害警備で遠路はるばる来ている警察官には頭が盛ります。
(どちらも同じ組織人なんですけどね)


福島の浜通りに行ってみました 2012年03月25日(日)
今年2回目の東北への旅をしてきました。

うめきちは復興支援につながると思うので旅はできるだけ東北地方へ
行くようにしています。

昨年は公私で合計11回(泊数で30泊程度)東北地方に
出かけました。
東京の物産展で東北のモノを買うことも支援になりますが
販売員の人件費や輸送費を考えれば赤字になるのでは?
と思うので、実際に現地へ行って消費活動をすることが
効果的でしょう。

昨年、会津地方は何度も行きましたので今回は
「浜通り」と呼ばれる福島県の海沿いの訪問です。



常磐道の常磐広野ICが現在の常磐道終点になります。
見にくいですが画像には「ここで出よ 災害通行止」という
表記があります。

もともと常磐道は仙台まで延伸して東北道路と
つながる予定ですが・・・
今回の原発事故で計画は大きく変更になるでしょうね。


さよなら羊蹄丸(その5) 2012年03月23日(金)
♪あぁ〜 ああ あ〜 ♪ 津軽海峡ぅ〜 冬ぅ景色ィ〜 ♪


はやり津軽海峡といえば冬でしょうね。

そして別れの香りのする連絡船

そしてもの悲しい雰囲気を醸し出す女性ですよね。

やってくれます船の科学館!




この女性、マネキンです。

デッキから何を見ているのでしょうか??

八甲田丸、羊蹄丸シリーズはこれにておそまい。

お付き合いありがとうございました。


さよなら羊蹄丸(その4) 2012年03月21日(水)
国鉄時代を知るものとしては、駅構内の売店キオスクはつい最近まで
その名を残していましたね。



キオスクって確か鉄道弘済会の英語名称?を略称にして
呼んだ愛称だったと思います。
この時代は鉄道弘済会の売店として看板を出していましたか。

戦争未亡人の就職先としても機能していたとも聞きましたが・・・




このオッサン、とっても良い味出してます。
青函連絡船ですでに出来上がっていたのか?
東京から来る長い道中で飲み過ぎたのか?

赤い顔して酔いつぶれている姿が微笑ましいッす。

「おいおい カレーが醒めちゃうよ〜」



さよなら羊蹄丸(その3) 2012年03月19日(月)
ディープな青森市内を歩いて、いよいよ青森駅に入ります・・・
って設定なんでしょうね。

荷物運びのお母さんをコートを着た駅員さんがお出迎えです。
駅員さんの目が優しい気がします。





幼い子どもを連れたお母さんが切符を買っています。



お母さん、着物姿に下駄ですよ。
横にいる子どもが持っている飴が時代を象徴しています。
長距離を移動するから普段は買ってもらえない豪華な
飴を買ってもらったのかな?




待合室にはだるまストーブがあり、時間までみんなで暖を取っています。

だるまストーブは部屋全体を暖めることを目的としているせいか
ストーブ付近は異様に熱いのですよね(津軽鉄道で経験!)

立っている男性がどう見ても寅さんに見えてしまいます(笑)


さよなら羊蹄丸(その2) 2012年03月17日(土)
昭和30年代のディープな青森市内を再現した
羊蹄丸のジオラマはしばらく続きます。



たまご1個15円。
現代と比較して10個入りパックでも150円程度ですから
たまごは消費者物価の優等生と言われることがよくわかりますね。




薄暗い洋品店。
っていうか「洋品店」ってもう死語ですよね。
ユニクロで2000円出せば立派な服が買えてしまう平成日本では
信じられない光景です。



威勢の良いリンゴ売りのおばちゃん。
ホントにこんな売り子さんいたのでしょうね〜って雰囲気が出ています。



この時代の娯楽といえば映画でしょう。
おどろおどろしい怪獣ゴジラの雰囲気がよく表現されたポスター。
青森東宝という劇場案内が渋いッす。


さよなら羊蹄丸(その1) 2012年03月15日(木)
昨年の秋ですが、お台場の船の科学館がリニューアルのため
閉館するという話を聞き、慌てて訪ねてきました。

ワタシの世代では笹川良一氏のイメージが強い日本船舶振興会の
シンボルでもあるこの科学館もちょいと前では海軍2式大艇や
日本海で撃沈された北朝鮮の不審船展示など、ちょいと「右」っぽい
博物館でたまに訪問していました。

貴重なメモリアルシップである南極観測船「宗谷」や
青函連絡船「羊蹄丸」など一緒に休館(廃止?)ということで
10年ぶりに訪問してきました。

まずは青函連絡船として活躍していた「羊蹄丸」です。



煙突のJNRマークが今は亡き国鉄を彷彿させますね。

船内は青森にある八甲田丸と違い、車両甲板などは開放されず
どちらかというと当時の青森駅周辺の情景を再現したジオラマ?と
なっています。



これは青森市内の様子でしょうか?
周囲が薄暗いのでイマイチよく見えませんが、木箱に入った
リンゴがずらりと並べられています。



こちらは魚介類専門店?
売り子のおばさんが頭に巻いているてぬぐいがリアリティを
引き立てます

今のように物流が発展していないこの時代(おそらく昭和30年代?)では
現地で買うお土産が記帳だったのでしょう。


メモリアルシップ八甲田丸(その9) 2012年03月13日(火)
車両甲板をよく観察していて気がついたのですが
船で津軽海峡を移動中に時化に遭遇することもあったでしょう。

鉄道車両はレールの上に車輪が乗っているだけですから
脱線しないようにガッチリとロックされたいたようです。



床にはこのような装置があります。



車両用レールの脇には留置金具を設置するための
レールもあります。



これは連結器で、車両を前後の揺れを吸収したのでしょう。
いろいり考えられた趣向があちこちにあります。



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